スレ一覧
┗976.ラストバレル(11-15/50)

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11 :黛千尋
2015/10/28(水) 01:57

雨/51

大昔、飼ってた魚を死なせちまったことがある。
まあよくある種類の熱帯魚だったんだけどな。
オレは魚を食うのも見るのも好きで、子供の頃は水族館なんかに喜んで出向いていたそうだ。なにせ感情の発露の少ない無愛想なガキだったもんだから、親も子供のご機嫌を取れるものを発見できて安心したことだろう。

さてその熱帯魚だが、ひらひらした尾ビレや背びれが金魚にも似ていて、金魚よりは小さくて、赤かった。今でも覚えてるよ。結構中二な名前をつけちまったが、可愛くて大事に育ててた。
なんで死んじまったのかはわからない。寒さなのか、エサのやり過ぎか。環境が悪かったのか。とにかく世話をしてたのはオレだったからな。オレのせいであることは間違いない。水槽にぷっかり浮いてるそいつを見つけた朝は、涙も出なかった。まあ、よくある話だ。学校から帰って、生臭くなりかけているそいつをティッシュにくるんで、水草と一緒に庭に埋めた。
やっぱり涙は出なかった。大切に育ててたんだ、本当だぜ。

本当は赤色が好きだったんだが、なんとなく避けるようになった。色ってのは地味な方がいい。どうせ気付かれないんだ、何を着たって同じだしな。くすんだような、泥のような、雨の日みたいな泣きそうな空の色のほうが、何も連想しなくていい。

魚につけてたのは、王様の名前だった。ヨーロッパの王様が羽織るようなケープっていうのか?それくらいはっとするような、緋毛氈のような、文句のつけようのない綺麗な真紅だったんた。

昼飯にくさやを食ってたら、ふとそんなことを思い出した。
雨の匂いで、生臭かったのかもな。

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12 :黛千尋
2015/10/29(木) 11:50

晴れ/50

シンデレラストーリーってのは存在するよな。

要はもともと実績のなかったやつが突然表舞台に躍り出て大活躍しちまうとか、とんでもない幸せを手に入れちまうっていう話だ。オレはその昔そんなもんは物語やテレビの中だけの話で、少なくとも自分の身の回りではそんなラッキーなやつはいやしないだろうと思っていた。シンデレラになるには王子様が一目惚れするくらいの容姿と性格を持っていたり、スポーツなら突然全国大会で優勝したりするくらいの才能と実力がなきゃいけないんだろ。もしくは実力の差を偶然の連続でなんとかしちまう強運とかな。そもそも、そういうストーリーに乗るためのチャンスすら平民には訪れやしないさ。
人間、自分の目にしたこと以外はなかなか信じられないものだしな。つまり、オレは自分が当事者になって初めて自分がシンデレラになることもあるんだなと実感したわけだ。今だって信じられないくらいだけどな。自分がシンデレラだと思った瞬間に、あまりのミスマッチ具合に吐き気と笑いが同時にこみ上げてくるくらいにはキラキラした単語で参ったんだが。

オレは洛山高校バスケ部において二軍の位置にいた。運動神経は悪くないしどのプレイもそつなくこなすが、ただそれだけの平々凡々な選手だ。二軍にいられたのは、一年の頃からそれなりに真面目に練習をこなして相応の進化を遂げただけだ。劇的なものは何一つない。
二軍上位組から見ると、一軍っていうのは「あともう一歩自分に何かがあれば届く位置」ではあるが、レギュラーともなると「何かとてつもないアドバンテージがある日突然降って湧かないと辿りつけない場所」だ。ただでさえ少ない五席だ。わざわざ洛山のバスケ部に入ろうってやつなら、目指さない方がおかしい。お気楽同好会ってわけじゃないからな。
何が言いたいかというと、1年時からレギュラーの座に鎮座ましましていた無冠の三人と、またまた1年時からレギュラーになっただけでは飽きたらずに部活自体を牛耳った我らが主将様を除くレギュラーメンバーってやつは、死に物狂いで激しい争奪戦に勝利してようやくその座を獲得しているということだ。最後に残った、たったひとつきりの席をな。

シンデレラストーリーの逆はなんていうんだろうな。

そいつは3年間努力して努力して努力して努力して、やっと認められて、あの豪勢なメンバーの横に並んでいた。はずだ。オレは別にそんな現場は見ちゃいないからこれは全部仮定の話だが。
で、それを。受験勉強があるからなんていう希薄でありがちな理由で部活を去った凡庸なプレーヤーに奪われるっていうのは、一体どういう気分だろうか。
オレはオレなりに想像してみた。
別に難しいこっちゃない。最低な気分になったよ。それこそ、自分の地位を奪ったヤツが駅のホームに立っていたら、その背中を押しそうになるくらいのな。

何でそんなことを今更考えたかって。
予備校に模試を受けにいったらそいつも会場に居たんだよ。

オレがそいつの受験の成功を祈ったなんてことをそいつが知ったら、きっとえらい目に遭うだろうからな。
気配を消して、見つからないように、小さくなっていた。

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13 :黛千尋
2015/11/03(火) 02:28

雪/49

例えばの話。

まあ例えば、人生っていうのは選択肢の連続と言えるものであって、自分が今この時に何をするか、何を言うかなんてことをコンマ一秒単位で選択し続けている。もちろんノベルゲーのようにたっぷりとした時間も与えらないし、殆どノータイムでコマンドを押し続けなきゃならないようなもんだ。もしかすると、オート機能がついているのかもしれないな。

例えば、まあ例えばさ。

そんな単純かつ機械的な選択をし続けている人生において、それでもいくつかは最重要と呼ぶべき選択肢も存在するんだとしよう。結婚すべきか否か?転職すべきか否か?はたまた、この道を右に行けば大金を拾うが、左に行けば不運にも事故に遭い命を落としてしまうとかな。
そう、人生の岐路がどこにあるかなんてことは後になってからわかることで、現実にその場にいる当人にとって「これが人生の岐路だぞ」なんて具体的に実感できる機会はそうそうありはしないのさ。

この例え話のミソはここからだ。
仮に、そう、仮の話だから突拍子もなくて当然だ。仮にその人生の岐路が自覚できたとして。そして自分が何を選ぶべきなのかはっきりとした選択肢が頭上に現れ、時間が止まり、「どちらかを選択してください」なんてテロップが右から左に流れるなんてことがあったとしたらだ。

オレは果たしてどっちを選ぶんだろうかな。

オレが生きるか死ぬか!
なんて問われたら戸惑わずに生を選ぶさ。もしもその生のために、他の誰かが犠牲になる結末を迎えたとしてもな。生きるということはそういうリスクを背負って然るべきだし、生きるとなればある程度の責任は仕方ないさ。受け入れよう。感受性は人一倍鈍いほうで助かるってもんだ。いやそんなことはどうでもいいな。話を戻すとしよう。

場所はバスケットコートのベンチ。最終クォーター。劣勢。観客の声は遠い。オレはベンチから立ち上がる。どうしても言ってやりたいことがあったのさ。男の子だからな。
そこで選択肢が出てくる。問い掛けはこうだ。

Dead or Alive?

頭上でカーソルが明滅する。時間はたっぷりある。オレは考える。選択肢の意味をな。誰の生死だというんだ。なにが生死を分かつと言うんだ。何が。どうして。何故。
目の前には消沈した我らが主将だ。やれやれこんな男の生殺与奪の権利を与えられるなんて、とんだ貧乏くじだ。

オレはどちらを選ぶんだろうな。
もし、やり直せるのなら。

そもそもどちらを選んだのかすらわかってないというのに。

実渕のやつが、レギュラー陣と飯を食いに行くから、受験勉強の息抜きにオレもどうかと誘ってきた。征ちゃんも一緒よ、ときたもんだ。おいおい、一体いつからオレにとってアイツの出席の如何がハッピーオプションになったっていうんだ。覚えがねえよ。

どうしたかって?
ノータイムで「断る」をクリックしたさ。

だって雪が降ってて寒いからな。

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14 :黛千尋
2015/11/05(木) 15:01

晴/48

ウワッ、ていう出来事があったし無駄に疲れたしおかげで合格が遠退いたような気さえしている。なんなんだよ東京モンは東京モンらしく東京で大人しく暮らしてろよ。いやアメリカ在住なのか。こんな目に合ったのも8割型オレの失態ではあるんだが。

さて、そいつは日本に一時帰国をしているらしく、久しぶりの日本だし京都観光でもしちゃおうかしらね、と母と妹を連れて悠々自適な旅行気分で、冬はクソ寒くて頭がおかしくなりそうなこの盆地を訪れたらしい。日本ではもともと東京住まいだったそうだ。そんなもんは聞かなくてもわかる。オレはバスケットコートを前にしたベンチで缶コーヒーを握り締めながら、さっさと帰りたくて仕方なかった。
こうなってしまった経緯はしょうもないもので、オレは受験勉強で煮詰まった頭をほぐすために少しだけ散歩に出ていた。通りがかりにバスケットコートがあったんで、ついプレイしてる奴を眺めたのはバスケ少年なら至極当然のことだろう。それに、コートを専有してこのクソ寒い中楽しそうにボールを操っている高校生は、やたらめったら上手かった。ひと目で全国レベルだと分かるくらいだ。
そして悲しいかな。オレはこんな日に限って学校に用事があり、勉強は図書館に缶詰めさせてもらっていたため、制服姿だった。あのやたらと目立つホストみたいなやつだ。オレは今でも洛山の制服が嫌いで仕方ない。
ストバスを満喫していらした少し目つきの悪い青年が、まさか洛山の制服を見知っていて、あまつコミュ力も高い帰国子女だなんて、オレに想像つくわけがない。ついでに言うと、気配を消していたオレに気付く能力があったのも大変な不幸だった。

何あんたバスケすんの洛山だよなその制服実はオレ洛山のバスケ部に知り合いが居るんだけどあんたもしかしてバスケ部だったりしてねえ?おおマジかちょっと話し聞かせてくれよあんたいくつ?マジか年上かコーヒー奢るよまあ座れって。

ああやだやだ。オレはここで断って帰るべきだったんだ。冒頭のベンチに戻る。

青年は名を虹村修造という。
随分ハッピーでサニーな名前じゃないか。通りで半袖短パンでこの時期生きていられるはずだ。10分も話さないうちに、オレはこの一つ年下のアメリカンな経歴を持つバスケ少年が帝光中バスケ部の元キャプテンで、洛山の一体誰と知り合いでどんな縁があるのかを知った。言っておくけど別に知りたくなかった。
となると話題は必然的に、10分前に出会ったオレたちの唯一の共通点に集中する。とても面倒くさかった。何だって「アイツすげえやつだけど抱え込むタイプだからさ」と年下に訳知り顔で語られなきゃならないんだろうか。そんなことはオレも知ってるよ修造くん。

そうかそうか。この少しヤンキー崩れみたいなノリの年上然とした(こいつはオレに対して一度も敬語を使わなかった)虹村先輩くんを、あやつはどうやらそれなりに慕っていたらしい。へー。

三十分後、あいつによろしくな、という爽やかなセリフを添えて修造くんは去って行った。お母様がお迎えにあがったのさ。東京へ帰れ!ちがうか、アメリカか。ゴーホームナウ!二度と来るな!お父様は大切にしろ。

ここまででもオレは精神をかなりすり減らしていた。だが極めつけはこれだ。
悲しいかな。

修造くんのメアドをゲットしてしまったのだった。

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15 :黛千尋
2015/11/10(火) 01:40

雨/47

人にはイメージってものがあるよな。印象と言ってもいいし、モチーフと言ってもいい。テーマというのもあるだろう。そういうのがある奴っていうのは、つまり存在が強いということだ。そこにいると、なにがしかのことを意識させるんだからな。
そこをいくと、つまりオレたちの個性は印象が「無」であるところにある。オレたちと称したのは不本意ながらオレと同等かそれ以上に存在の無いやつがいるからなんだが、まあそれは今はどうでもいいよ。
なんの印象も与えないというのは、影が薄いってことだ。いてもいなくても同じ。誰になんの影響も与えない。意味がない。オレには意味がない。ずっとそう思っていた。
だからオレは好き勝手やらせてもらうことにした。どうせお前らオレのことなんかどうとも思ってないんだろう。だったらオレも同じようにするだけだ。好きなようにするし嫌なことはしない。自分に気持ちいいことしかしない。他人なんかどうでもいい。他人に期待なんかしない。他人がオレに期待しないように。

それって死ぬほどフェアだろ?

愛される奴は愛されただけのものを他人に返す。その逆をいっただけだ。まあ、おふくろさんはオレのことを愛してるんだろうけどな。この年になって少しだけわかったよ。

でだ。

実を言うとこんな自分語りもどうでもいいんだ。なぜオレがこんなにもセンチメンタルをキメているかといえば、先日メアドを交換してしまったハッピーでサニーな修造くんと僅かながら文章のやり取りをしているからにほかならない。
奴は絶対に愛されてきた人間だ。存在感がある。随分向こう見ずだ。強さがある。冷静さもある。他人に期待している。期待されている。人を好きになる。人から好かれる。幸福がどんなものか知っている。

修造くんは明るくていいやつだな。
オレが何かの端に送ったのはそういう一言だった。我ながらコミュ障っぷりに反吐がでそうだぜ。もう少し気の利いたセリフの一つや二つ、思いつけたはずなんだが。

修造くんがなんて返してきたのかなんて思い出したくもないが、一応書いておく。

「そういう黛さんはあいつが見込んだだけあって変人だな」

正直言うぜ。
オレは変人扱いされるのが大嫌いなんだよ。

変人め。

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