僕らだけが立ち入ることのできる花園で、 色とりどりの花を咲かせていた。 交互に水を与え、より美しい花が咲くようにと手入れをして。 そうして幾つも咲かせた花がある。 花というものは盛りが過ぎれば終わってしまうものだ。 それでも、その花園を訪れれば僕らが育てた花の影を見ることができた。 そのガーデンに火を放ったのはあの子。 花盗人は罪にならないとは言うが、火付けはどうだろうね。 半分はあの子のガーデンだ。 けれども僕の、僕のものでもある。 あれだけ愛した花たちを、僕は忘れてしまう。 花を愛する心など、持たなければ良かったね。 Hearts will never be made practical until they are made unbreakable. That's really true. But I still want one. |
帰りがけ、借りているアトリエの管理人に呼び止められた。 彼女は元々の気質が世話焼きなのだろうか、度々僕にかまけてくる。 母とも姉とも性質の違う女性の扱いはとても難しい。 僕はきちんと食事も摂っているし、偏ったものは食べていないし、 母国の家族にも度々連絡は入れているよ。まったく。 日本人は必要以上に若く見られると言うが、 その所為で子どもにでも見られているのかね。 そんな彼女から〘Ta princesse〙へあげて、と花束をもらった。 〘彼〙は僕の〘Un nounours〙ですよ。 驚きもせずにくまちゃんね!素敵!今度紹介して、と笑う彼女にお礼を伝え、 自分の部屋で活けなおした花の写真を影片へ送る。 さて、どう反応を返してくれるやら。 |
僕よりも先に夢の世界へ旅立ってしまった君の顔を眺め、 手元を照らすライトが眠りの妨げにならないよう身体で影を作る。 小一時間ほど経った頃だろうか、 不意に後ろでひとが動く気配がした。 「……まだ夜中だよ。寝ていなさい。」 #「んあ……お師さん、お洋服つくっとるん?」 「そう。」 背中に温もりを感じる。 振り向かなくとも、ぬくいベッドからわざわざ離れ しなやかな肢体を僕へ寄り添わせにきたのだと分かった。 #「マド姉ぇもさむくあらへんねぇ。えへへ。」 「どうして君が嬉しそうなの。」 #「おれ知っとるから。」 #「お師さんが作ってくれるお洋服あったかい。」 「僕が君へ拵えるのは衣装であって、 暖かさを得るためのものとは性質が違うのだけど。」 #「でもおれお師さんのお洋服知っとるんよ。」 #「みかもさむないね。」 「……さては君、寝ぼけているね?」 机上のスタンドライトの明かりを消して眠たげな人形のほうへ振り向く。 彼は夢の世界から半分戻れていないような表情をしていた。 今日の作業はこの辺で終いだね。 #「みかあったかい。」 腕の中で鈴を転がすように笑う声がした。 |
僕も彼に愛されたいと、愚かにもそう思ってしまうね。 脳が焼け付くほど熱く。 唇を踊らせて。 身体へ詩を残して。 ……どうかしている。正気の沙汰ではない。 ただ、ほんの少し彼が羨ましかっただけだ。 他を羨むなど僕にとっては有り得ないことなのだけど。 羨望は心の調律を乱して 神から人間へ与えられた崇高な言語さえも奪うのだから始末におえない。 |
はぁ……。 親戚連中はどうせ僕ではなく祖父や兄の顔を見に来ているのだから、 僕がその場に居る必要はないだろうに。 息が詰まるよ。まったく。 #「おうち抜け出してきて良かったんやろか〜……。」 「どうせ気付きもしないのだから良いのだよ。 それより、初詣だ。背筋を正しなさい。」 境内に入る前に少しだけ身なりを整える。 首へと巻いているマフラーの所為か、 ただでさえ自由に跳ね気味の髪が元気に遊んでいた。 しかし、神の住まう場所の空気というものは良いものだね。 身体の隅々まで澄み切ったものが行き渡る。 何かを生み出すというときに必要なのはこれだ、この感覚だ。 君、御守りは参拝の後。 #「あっ、中吉や。でも新しいこと始めるんはえぇって。」 「そう、ならタイミングが良かったね。 君はこれからひとりで新しい『Valkyrie』を背負っていくのだし。 門出を祝福してくれているようだ。」 #「まぁ〜……そういう見方も……お師さんは運勢どうなん。」 「僕?……僕はまぁ、吉ではあるね。ただし新しいことは進めるなと。 そんな言葉に僕の人生を左右されるつもりはないけれどね。」 #「なに!?なにかするん!?おれ聞いてへんけど!? #おれんこと置いて!?いややっ!ややー! #おれを置いていかんで!あーん!あーん!」 「進路としてまだ相談している程度で…… と、そう大きな声で泣くんじゃない!」 #「あ〜……ん……。」 「小さければ良いという話でもない。」 |