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┗東方逃現郷(31-40/45)

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40 :アイリス(創作♀)
2016/11/08(火) 18:24

「そうだよな。本来なら人里に妖怪が住み着くのを黙認してるのがまずおかしいんだよな」
「あぁ。その子がそんな爆弾を抱えてるならその子の為にも、この期に妖怪の徹底排斥をした方がいい気がする」
「そうね。そのせいで住めなくなるなんて可哀想だもの」

幻月の力で一度は鎮まったかに見えた妖怪排斥の熱が再び誰からともなく拡がっていく。数人の囁きが幾人かの輪になり、その輪が集団と化して止める間もなく、気付けば妖狐を見る目が同情から困惑。困惑から疑念。疑念から無視、あるいは敵意へと塗り替えられる。

「ひっ!?」

冷たい敵意にさらされた妖狐は咄嗟にアイリスにしがみ付くが、すぐにその手を離す。妖狐にとってアイリスも周りの民衆も自分の知らない人間であることに変わりはないのだ。唯一信頼できる慧音は説得に必死でこちらに気を回す余裕はなく、その説得も焼け石に水で功を奏してはいない。

――ポタッ

不意に妖狐の腕に水滴が落ちる。雨かと一瞬思い、鮮やかな赤い色をしたそれにアイリスが自分を庇って負傷していたことを漸く思い出す。彼女がどんな人でも、助けてもらったのならお礼は言わないといけない。

「あ、の……うぁ」

せめてお礼を口にしようとした傍から悲鳴へと置き換わる。別にアイリスが悪鬼羅刹のような形相だったり、目の前に凶器があったわけでもない。深く俯いた彼女の表情は前髪に隠れて見えないが、それでもアイリスがひどく怒っていることだけはいやでも伝わってくる。

自分が何かしてしまったのか。それともこの目の前の少女も助けてくれたのは何かの気の迷いで、結局妖怪なんていなくなれば良いと思っているのだろうか。自分たちだって望んで妖怪に生まれたわけじゃないのに。どうして自分たちだけがこんな――

「ひぅッ!」

不意に差した影にハッと我に返ると、アイリスの伸ばした腕がすぐ目の前まで迫っていた。今更逃げても遅く、悲鳴と共にキュッと目を瞑る。このまま死すら覚悟した。

「大丈夫。私の後ろに隠れてて。絶対に、見捨てたりなんてしないから」

思いがけない強くて優しい言葉。頭に伝わる心地よい感触に、おっかなびっくり目を開いた妖狐が目にしたのは、自分の頭から手を離し、毅然とした顔で前を向くアイリス。スッと妖狐の体から力が抜ける。

人間は皆怖いものだと思ってた。慧音先生は優しいけれど半分は妖怪だし、自分に優しくしてくれる人間なんていないものだって。でもたった一人、たった一人だけでも自分の存在を受け入れてくれる人がいたらこんなにも救われるんだ。

「いつまでも腑抜けたこと言ってるんじゃないわよーっ!」

ドォン!! と、全力で壁を殴って人間たちを黙らせたアイリスの後ろで、妖狐は先ほどまでと違う涙を零していた。

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39 :幻月(東方旧作)
2016/11/06(日) 19:47

「ゆ、許し――助けてくれぇっ! 悪かった、済まなかった、お前を見捨てちまって――だから、ガキだろうがなんだろうが妖怪なんざどうなっちまっても構わねぇって――いっそ、殺しちまえるときに殺しちまったほうが良いって……!!」

――ある意味身勝手な罪悪感から来る、妖怪への歪んだ復讐心に囚われた男。
自分のしたことを正直に全て明かし、土下座までして見知らぬ妖怪の許しを請うたライゼス。
どちらに分があるかは、幻月からすれば明らかである。一つ息をついて、とりあえず自分の役割が片付いたと。

……悪魔でありながらして――、否、あるいは悪魔なればこそ、幻月はまだ気づけない。そもそも、根本的な人妖の間に横たわる溝の深さを。

「――いや……、うん、なぁ」
「聞きゃぁ、慧音先生も外的な要因があった、つってたし……なぁ」

あちこちで、ボソボソと囁き交わす声が聞こえ始める。
一度加熱したところに、二度に渡って冷水を浴びせかけられたこともあってか、比較的冷静だった里人から、徐々にシラケるような空気が伝播していき、少なくともあとは慧音に任せても大丈夫だろう、と思える状態にまで落ち着きつつあるのが感じ取れる。
幻月もとりあえず安心して肩の力を抜きかけた、まさにその瞬間。

「いやでも。……外的要因があるってことで。その要因は、そっちの嬢ちゃんなんだろ?」
「触れなきゃ起きないっつったって、いつまた――、そのガキだけじゃねぇ、例えば慧音先生までこんな風になったらどうなるってんだ?」
「――そっちの嬢ちゃんは、外来人っつっても人間なんだろ? ……なら――」

――背筋を冷たいものが走るのを感じる。
ライゼスが土下座してまで謝罪しても。男が自身の歪んだ復讐心を満足させるために周囲を煽動したということを暴き立てても。

……周りの人間は、「どこまでも人間のことしか考えていない」。
「人間であるライゼス」は里に身をおくべきで、そのライゼスが引き起こしかねない問題を対処するそのために、人里を徹底した妖怪禁制の場にすることすら考えているのだと。

無論、それが困難であること、一時の極論であることが読み取れないほど幻月も耄碌はしていない。
だが、それでもそんなことを思いついてしまえること、そしてそれがごく当たり前のことのように口に出してしまえることに。

……総身が震えるような恐怖を、人間に感じざるを得なかった。

『――人間なんて興味ない。どいつもこいつも、自分のことしか考えない。だから、わたしは人間の命なんてなんとも想わない。……姉さんがいればそれでいい』

――いつか自身の双子の妹が語った言葉が鮮明に頭のなかに蘇る。
その時は、そんなことはないと、人間だって話せばわかる者も居ると、笑って窘めた。
――今一度、同じ言葉を投げかけられたとき、自分はそれに同じ対応を即座に返せるだろうかと――。そんな自問に回答できない自分にもまた、冷たい恐怖心を感じて。

幻月は、その場に立ち尽くすことしか出来ずに居た。

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38 :幻月(東方旧作)
2016/11/06(日) 19:47

「――――まぁ、善因には善果あるべし。悪因には悪果あるべし。どれほど怒鳴って取り繕ったところで。……もう、本音は透けて見えてるんじゃない?」

地に伏し、手をついて頭を下げて。見ず知らずの、どころかそれまで自身を打ち据えて傷付けた妖怪の許しを請うライゼスに、しんと静まり返る中。その静寂を破るような、第三者の声が上がる。
慧音の、男の、アイリスの視線が集まるその出処は、一先ず寺子屋の近くに横たえられていた一人の悪魔のもと。
……そう、悪魔。どれほどその性質がそう思えなかろうと。どれほどその姿形が真逆にかけ離れたものであろうと。どれほどその立ち居振る舞いを見た者が彼女を悪魔と想わなかろうと……。

彼女は、悪魔。人の心情に斟酌することもなく、己の思うところを成す、悪魔そのものである。

「幻月……、お前も体は――」
「ライゼスで確認できたでしょ、わたしもどってことないから。流石に、痛みのショックはあって気絶はしてたけどそれだけ、大したことないよ」

――ゆえに。今自分が動いて、こう告げることで後から周りにどう思わせるか――などということに、斟酌はしない。自分が動かなければ、妖狐は、ライゼスは、アイリスは――そして、場の騒動に巻き込まれただけの慧音まで、どうなるか知れない。
ゆるりと身体を起こして。どういうわけか、真っ青になっている男へと向き直り、一歩踏み出す。
別に、どうということもしていない。怒りの表情を浮かべているわけでもなければ、怒号をあげたわけでもない。幻月はただ、一歩近づいたそれだけである。
にも関わらず、男は腰を抜かさんばかりの有様を晒して、幻月の一歩に対し、数歩後ずさる。何かを口にしようとしているのだろうが、その口からは意味のない声が漏れるばかり。

――愉悦。
あまり自分でも好ましいことではないが、やはりこのときばかりは愉悦を感じる心を自分の中に見つけてしまう。
悪魔ゆえに――。「幻」を操る悪魔ゆえに。

「――どうかした? そんな、幽霊を見るような顔をして……?」
「ひっ――ひいぃっ!!」

幻月が言葉を発すれば、大の男がまるで泣きそうに顔を歪め、腰を抜かし、ズルズルと這いずって逃れようとする。
呆気に取られるばかりの周りは、気付くよしもなかっただろうが――あるいは、アイリスの抱きかかえる妖狐だけは、その本質を掴んでいたかもしれない。
――幻月は、既に幻術を発動している。それも、自身のそれは及びもつかぬ精密な何かを。

……果たしてその想定は正解、幻月は男にとって最も恐るべき相手へと、既にその姿を変えている。
――男がコレほどに、過剰なまでに妖怪を排斥しよとするその理由。

……若かりし日の男が、尽きぬ友情を誓った親友。
幾年月か前、里の外へと出掛けた折、自身が助かるために見捨てて逃げ出したその姿。
……罪悪感から必要以上に妖怪を排斥しようとするその心を、徹底して追い詰める所業を、顔色一つも変えずに行っている。

「ま、ままままってくれ! 俺は、アレは、アレは――!!」
「そんなに誰かににてるのかな、わたしは? ――ねぇ、どうしてそんなに恐れてるの?」

変わらぬ笑顔で一歩踏み出す。変わらぬ声音で無邪気に問いかける。
だが、その所作の全ては、男からすれば恐怖と罪悪以外の何物にもならない。

男の目に写るのは、無残に食い散らかされた親友の成れの果てが、一歩一歩と自分に近づいてくる悪夢の如き光景。
男の耳に響くのは、その親友が「どうしてだ」と。「どうして自分を見捨てたのだ」と発する恨み言。

その悪夢が、目の前に迫る様に。とうとう、男は悲鳴とともに本音を吐き出した。

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37 :ライゼス(創作♀)
2016/11/06(日) 18:26

「そ、そうかも知れないが、それで終わりにしていい話じゃないだろうよ!
 いくら全てが幻術だったんだろうとも、あの得体の知れない怪物に変化した姿は見ただろう!
 あんなの、痛みが幻だろうとじゃれついて来るだけでタダじゃ済まねぇよ!
 その点に比べたらなぁ、妖狐の動機が知れたところで、同情を引けるようなもんじゃねぇ…そんな事は、………いや」

「そんな事は…どうでもいいと?」

「……そうは言ってねぇ! 言い掛かりなら良してくれ!」

やはり、この男、強かだ。なかなか感情論を破綻させるようなボロを出さない。
何故なら、周囲の味方の賛同を得られない事には、その場の勢いで妖狐を処分する流れまで持っていけないからだ。
ライゼスが弁護をして、妖狐に酌量の余地があり、場の空気が妖狐への同情へと傾いた為、ここで周囲を引かせてしまうような冷酷なイメージのある事は言えないのだろう。
さっきは許されても、今は絶対にダメなのだ。しかし、それがこの男の本音だ。ライゼスはそう感じた。

「確かにこの子の本質は、人間を食らう妖怪かも知れません。けど、今ここでこの子が反省を示している事が、
 決してこの子の処遇と関係の無い事では無い……皆さんがこの子の事を、『私達にとってはどうでもいい事』とは思わないのでしたら、どうぞ聞いて下さい!
 元々、暴走の原因を引き起こしたのも、私が後ろから右手で触れたからで…私が原因なんです!」

こんな軽はずみな事で、周囲を味方に付けられるはずがない…とライゼスは心の中で自嘲した。
それでも、ライゼス自身もまた反省を感じて、決して道を間違えていないと自分で言える行動を取りたいと思い、
そして、妖狐に代わって自分自身が罰を受ける事、それを本心から望んだために、
俯き加減に両手をギュッと固く握って力を籠め、恐怖を押し殺すようにして大声で自白をした。

「私の右手が一体どうして暴走を引き起こしたのかは、正直、分かりません!
 しかし、私に原因があります。きっと私が触れなければ、この子がみだりに妖力を暴走させてしまうような事はきっと起こらない。
 私が触れさえしなけかったなら…こんな事、起こらなかったはずで…! ごめんなさい!」

そのまま最後まで言い切ると、ライゼスはその場に屈んで、地面が砂利であっても構わずに膝を付いて、
両手を前に三角に付いて、そのまま勢いを付けて観衆へと頭を向ける。
……完全なる平伏を示す、土下座だった。
こういう行動に順じたいと素直に思う気持ちはあっても、結局はこういう事を計算の上でしている、
ライゼス自身は自分のそんなところにますます強い嫌悪を感じて、そして滑稽だと思った。
誠実さとは全くもってかけ離れた心情であっても、せめて、せめて今の言葉だけは、この場の皆に伝える事は出来るだろうか。

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36 :ライゼス(創作♀)
2016/11/06(日) 18:25

「待って下さい! 私が…私が証言します! 証拠も挙げます!
 それの他に、この子…妖狐は少なくとも隠れて暮らしているうちはもう暴走したりする事は考えにくい、
 妖狐にあれだけの事をする危険性はもう無い、という事も証明出来ます!」

ライゼスが合流し、アイリスの前で両手を広げ、仁王立ちになって身を盾にした。

「なっ…! じょ、嬢ちゃん!? お前さんよ…さっき、あれだけ…。嬢ちゃんまで何を言い出すんだ?」

男が一番分かりやすく狼狽えるものの、その後ろの観衆も、衝撃を与えられて騒然としている。
ライゼスの隣で、慧音も最後の一節を口にしてしまうのは止めて、そのままあんぐりと口を塞げずにいる。
アイリスは、その声に顔を上げ、疲れたような表情に笑みを浮かばせた。彼女だけは、まだライゼスに希望を持っていてくれたようだ。

「ラ、ライゼス…無茶をするなと言ったろう、いいからお前は休んでいなさい、今口を挟まれると…」

「いいえ。私自身が証拠だと言った通りよ」

「えっ…?」

心配そうに肩に触れられた慧音の手に自身の手を添えて、振り返りつつライゼスが言った。
その目は、今まで状況が飲み込めず、右も左も分からずにまごついていた時の表情ではない。
何かあるはずの根拠を、慧音もまた気付き、認めるに至った。

「お前…。あれだけやられたのに、傷は無いのか?」

「えぇ、そうです。あれは幻術でした、妖狐の化けた怪物の姿も、触手による攻撃も、その全て。
 妖力を伴っていたから、慧音先生も得体の知れない怪物へ妖狐が化けていた事も分かってたのでしょうけれど…
 幻術でも痛いものは痛かったけれど、あんな暴走状態になってまで、妖狐は人間に危害を与えないように気を付けていたし…
 この子にとってはそれが精一杯で、直接的に人間を殺してしまうだけの力は無いのよ!」

「そ、そうか…! なぁ、妖狐よ、お前もそうなんだな…!? お前の口から教えてくれ…」

「……っ、だ、だって、ぼく…にんげんのめいわくになったら、いっぱいおしおきされちゃうから…。
 なかよくしたいけど、それがダメなら、せめてめいわくに…ならないように、いつも…グスッ…」

慧音に話を振られ、喉奥から振り絞るようにして捻り出した声で、妖狐が口を開いた。
その偽りの無い言葉を聞いて、慧音はその境遇を憐れむように悲しそうに眉を寄せて見詰めながらも、
また人間と妖怪の共存を信じたこの子の気持ちを嬉しく思うように、その表情に笑顔を浮かべた。
野次馬の中にも、ライゼスが直訴した通りに五体満足で無事な様子を見て、
そして妖狐の言葉によって事態の真相を知り、動揺が広がっているようだった。

それは、妖狐の味方として慧音達に賛成を向けるような流れであり。
男は当初はライゼスに対して、率直に言って困惑しているような眼差しを向けていたものの、
急な空気の変化に置いて行かれたようにして、不愉快そうに歯軋りをする。

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35 :ライゼス(創作♀)
2016/11/06(日) 18:25

「ま、待ってくれ、そこまでにしておいてくれないか…!
 今までの騒ぎは、何かの予期しない要因があって無意識なままに暴れてしまっただけであって、
 きっとこの子の意思があった訳じゃない! 子供が癇癪を起したのとはまるっきり違うんだ!」

「慧音先生…! そうは言うがね、それなら根拠を示しちゃくれないものですかね!?
 例え慧音先生の言う通り、偶発的に起こったものだとしてもだ、
 また意図しないままに同じ事が起こればこの妖狐は同じように暴れるって事じゃないか、そっちの可能性の方が明らかだ!
 せめて原因が分からない事には対処の仕様が無いですよ。
 そんな無駄な議論に時間を掛けるのに比べたら、こんなガキの妖怪一匹だったら手っ取り早く……」

「……!!」

小狐はアイリスの腕の中で顔を青ざめさせて、その言葉に震えた。
親狐や、誰に教わったのでもない。人里に潜み住むという事は、普段から人目を避けて、大事を起こさないように配慮する事を、良く理解していた。
勿論、これまでの生活で常にそのスタンスの通りにいかず、ふとしたミスを見咎められる事もあったが、
その結果としてどんな仕打ちを与えられるかは身を以って思い知っている。そんな経験を何度もしていた。
故に、妖狐はいつも慎ましく、それでいて文句一つ零す事は無かった。
けれど、今の状況はまるで訳が分からず、混乱していた。何も考えられなかった。
今、この身を抱き締めてくれているこの人間の行動には、どんな意図があるのだろう。産まれてから死に別れた、親狐の事を想う気持ちが重なり、涙が止まらない。

「いいや…迷い込んできた子供の妖怪に毎回そういう対処をしていては、いつ人里が報復される目に遭うか分からないだろう…。ここは自警団に任せて欲しい…」

「おいおい、自警団の看板をみだりに出さないで貰いたいね、まず慧音先生よ、アンタはどっちの味方なんだ!? そこのところをハッキリさせてからにしようじゃねぇか!」

なんて高圧的な物言いだろうか。自警団の一員として対処しなければ解決しない事態なのに、
それを理解して慧音の権限を封殺しようとしている。
既に過激派の頭目的な存在として、この男が後ろに賛同を示す待ち人を数人侍らせているため、淡々と無視して鎮圧する事も出来ない。
それよりも、妖怪としてではなく、一人の意思を持つ者として、この発言を見過ごす事は出来そうになかった。

「っ……! く…私は、人間だから、妖怪だからという短絡的な事で自警団に協力している訳では…!」

慧音の本音が漏れると同時に、男は険しく皺を寄せていた表情を緩め、その怒っている様子が演技だと言う事を隠そうともせず、口端を釣り上げてほくそ笑む…。
その時だった。

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34 :ライゼス(創作♀)
2016/11/04(金) 17:46

これも自分のせいではないだろうか。
戦いの中ではそう思うだけの余裕は無かったが、こうしてひとしきり落ち着くと、そんな強迫観念に襲われる。
いや、客観的に考える事で、ライゼス自身が事の顛末にちゃんと気付く事が出来た…と言えるのかも知れない。
ただ、気付いた時にはいつも手遅れで、おいそれとそんな事を言い出せる状況、言ったところで仕方のない状況となり、
こうして見兼ねた有力者が収拾を付けようとする。

ライゼスに過去の記憶は無かったが、何度も同じような体験をしたような感覚は肌身に染み付いており、
その都度ライゼス自身に無力感と、人との関わりを拒む気持ちを感じさせていた気がする。
……とうとう途方に暮れて、答えを求めるように傍らで横になっている幻月の方へと目を向けた。

「………、えっ?」

最初は、目の錯覚かと思った。
先を尖らせた触手で貫かれたはずの下腹部、そこには確かに衣服に拳大の穴が空いてしまっているが、
その下に少し色白な肌が覗いており、傷が見当たらなかった。
それだけでなく、自身にも滴り落ちるほどにドクドクと流れていたはずの多量の出血も、彼女のワンピースに残っていない。
それに釣られて自身の体を見回すと、ライゼス自身もまた、触手で打たれた背中だけは衣服が破れているが、
残っているのは地面を転がった砂泥の汚れだけで、思いっきり浴びた返り血が跡形も無く消えていた。
少し服を捲ってみると、心配していたミミズ腫れの痕も肌には見当たらない。あれだけ痛かったのに。

「これって、もしかして…」

衣服にダメージが残っている以上、物理的な衝撃ではあったはずだと思うが、
本来の痛みはもっと軽度なものではなかったのだろうか…?
今はまだ状況証拠しかないから完全には分からないが、有り得る可能性としては…
『妖狐は威嚇や自己防衛のつもりで、敵をひるませるだけの幻覚を使っていたのが事実で、本当に妖狐にはそれが精一杯だった』のではないかと。

「………」

間違いなく妖怪の端くれのはずの妖狐に、人間の身の私がそれだけの事をした…?
そこの部分だけは、やっぱり良く分からない。どうして暴走したのだろう…。けど、しかし。

「そっか…幻月、大丈夫なんだ…きっと」

身を呈してライゼスを守ってくれた悪魔の事も、どうして実害の無い攻撃で昏倒するほどのショックを受け、まだこうして目を覚まさないのかは分からない。
けれど、幻月は決して手遅れではない事、それを含めたあらゆる事象をゆっくり理解していく事が、ライゼスに再び立ち上がるだけの活力を与えた。

今一度、振り返って騒乱の場の様子を見てみる。
とうとう慧音が両手を付いて、先頭の一人、一番ヒートアップしている町人の肩を抑えていて、
後に続く人達も慧音を押し倒してしまう事は避けようと、妖狐の元へ殺到するのは思い留まり、ギリギリのところで踏み止まっていた。
アイリスは頑なに妖狐の身を庇い立て、決してその場から離れようとしない。その光景はまさしく、先の幻月の背中と重なる。

きっと、彼らは皆、ライゼスのように考え過ぎたり、思考に囚われていない。その行動に心からの思いが乗っている事こそ、人間であるという証左に感じられた。
だが、そうであれば…妖狐と距離を置いて遠巻きに何も言わず、忌避感を向けている町人…という構図、果たしてどっちが本当の妖怪だと言えるだろうか。
そして、あの輪の先頭にいる男、直情的にがなり立てているように見せかけ、物事の本質とは異なる理論を口にして、大衆の気持ちを扇動している…
さっきまではあの位置に自身が居た、とライゼスは己の立場を重ねた。小賢しい人間にだけ、そういう所業が出来るのだ。
あれを止めなくては。ようやくライゼスは駆け出した。

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33 :ライゼス(創作♀)
2016/11/02(水) 18:58

「おいっ、何で妖怪を庇うんだ、嬢ちゃん!」

「さっきの化物の姿、あれが妖怪の正体なのよ!」

「こうして子供の姿に化けてるなんて狡猾なものだわ、あんた達が一番分かってるでしょ、そんなにボロボロになってまで!」

騒ぎが収拾したかと思いきや、その束の間、アイリスと少年のお互い衝動的に取った行動によって、周囲の観衆から非難の声が沸き起こる。

「ど…どうして、解決した後になって…。痛っ…うぅ、待って、この子が怯えています…!」

アイリスがしっかりと懐へ妖狐の子を抱え寄せ、弁解の声を上げるが、先に額に受けた痛みに表情は強張り、周囲の怒号に掻き消されてしまう。

「妖怪を生かしておいたら、今度は子供達が食べられるでしょうが! ほら、あんたも今のうちにこっちへ来るんだよ!」

「あ…! あっ…」

アイリス達以上に周囲の状況に困惑し、拳大の石をバツの悪そうに両手で抱えていた少年が、保護者らしいおばさんに手を引かれ、強引に人衆の輪の中へと連れられて行く。
直情に任せて妖狐に石を振り下ろした瞬間とは様子が違い、アイリスに何かを言いたそうに眉を寄せ、悩ましそうな悲しそうな表情で視線をくべていた。

「け…慧音…。これは一体…? なんで、みんなあんな…!」

人里の住民が態度を変貌させている、輪の反対側の様子にようやく気付き、ライゼスは震える声で問い掛けた。
妖怪の暴走は沈静化し、自然に人払いが進むだろうと、一息付いた後でどことなく楽観的に考えていたところだった。
自身の軽はずみな行いが生んだ影響をまざまざと見せ付けられ、表情を青ざめさせている。

「……人里の環境からして、こういう妖怪騒ぎにはとてもデリケートになるものだ。
 実情から言って、人里から一歩外に出れば襲われるという認識がある中で、ここは人の安全が唯一保たれている監獄のようなところなんだ。
 その中に、私のように出入りが許可されている妖怪や、また人に化けて潜み住む妖怪が居る。
 それらは決して人里の中で大事を起こすつもりが無いから、という暗黙の了解によって野放しにされている…して貰っていたが、
 あくまでも人間の身には手に負えないからという結論によるものに過ぎない。
 少なからず、人間は妖怪に敵対感情を持っているものが殆どだろう…という事だ。その大小の程度はあれどもな。
 自分達の安全が保障された後で、ああして声を張り上げる輩が居るのも、また人間の心理という事なんだ。
 彼らとて、『いざ身に危険が迫ればこうして一致団結して、妖怪に反旗を翻すぞ』という意思に、大衆を誘導させたいつもりだろうが…。
 あぁ、身に抓まされる思いだ…共存するどころか、過激思考に染まっては弱い人間たちの方がかえって自ら命を落とす事になる。間違いなく…」

人里の住人がああした行動に出たのは、気が大きくなったかのような集団心理でもあり、また妖怪に生活を脅かされたという被害意識もあるだろう。
しかし、自分達が訪れるまではまだ平和であった人里に、こうして諍いが起きてしまったのは、何かしら…因果関係を上手く説明できない、そんな罪悪感を感じずにはいられなかった。

「そ、そんな…。これじゃまるで、強者と弱者の立場が逆転しただけ…。あの子には、本当にもう…」

「分かっている。幻月が上手くやってくれたのだろう、妖力が暴走していたのを正常に戻してくれたようだな。
 元々、お供え物をくすねて腹を満たしていただけの子狐だ。……ここだけの話、私は以前からあの子の事を認知していた。生徒に化けて、私の寺子屋に勉学の教えを受けに来ていたんだ。
 お前の思う通り、あの子には本来あのように大っぴらに幻術を扱うほどの妖力など備わっていない…」

「じゃ、じゃあどうすれば…!」

「私が行ってくる。お前は幻月の様子を診ていなさい。
 身を投じてお前の身を守ったんだろう? 悪魔らしからぬ事だとは本当に思うが…
 ここまでお人良しなのは彼女なりの矜持を貫いたとしか、言い表せないな。
 ……ライゼス、お前も責任の取り方を考えておく事だ。過ちは物事を知らなかったといううちの一度きりしか許されないものだよ」

未だ意識を取り戻さない少女へと注意を向けさせる、その言葉によって場にライゼスの足を縫い止めるようにして、それから慧音は踵を返した。
顔を背ける瞬間まで横目に向けられるその眼差しは、どこか落胆したような、失望したような…そんな冷ややかな印象をライゼスに感じさせた。

「………」

責任…。一体、自身にこれ以上何が出来るだろうか。

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32 :アイリス(創作)
2016/10/27(木) 22:33

「っ!……止まった?」

今にも我が身を貫かんと迫ってきていた触手が不意に停止し、そのまま空気に溶けるように雲散霧消していく光景にアイリスはぽかんと首を傾げながら身を起こした。
目の前に広がる光景は、自分と同じように唖然とした顔をしている野次馬と、体を包んでいた妖気が消え、へたり込む子狐妖怪。そして…

「「幻月!?」」

アイリスとライゼスの悲鳴じみた声が響く中、糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちる幻月の姿だった。

「幻月っ、どうしたの!? しっかりして!」

「落ち着け。下手に動かすな! 誰か、手を貸してくれ。寺子屋まで運ぼう。あくまで慎重にな」

取り乱すライゼスと、駆け寄ってくるアイリスを宥めるように慧音が言い聞かせ、周囲に集まった人々に指示を出していく。
確かに彼女が倒れた原因がわからない以上、下手に動かしてはかえって状態を悪化させ、取り返しのつかない事態に陥る可能性もある。

慧音の落ち着いた対応にアイリスとライゼスの二人も冷静になり、自分たちも幻月の元に歩み寄って――アイリスの視界の隅にそれが映ったのと、声変わり前の少し高い少年の張り詰めたような声が上がったのはほぼ同時だった。

「このバケモノめっ!」

「っ! ダメ!」

へたり込む子狐妖怪と、その子に向けてまさに振り下ろさんとする掌大の石を頭上に掲げた少年。
アイリスの体は考えるより先に動いていた。
妖狐は先の暴走の影響が残っているのか、はたまた恐怖に身が竦んでいるのか逃げる素振りは見せない。
掲げた腕を振り下ろす少年はキッと殺意すら感じるほどの鋭い目つきの割りにどこか今にも泣き出してしまいそうな印象を受ける。

どうしてそんな顔をするんだろう。この子はこの妖怪の子にどんな思いを抱いていたんだろうか。

刹那の思考を挟んで動かない妖狐を抱き締める。
離れた場所から自分を呼ぶライゼスの声が耳に届いた直後――

ガツンッ!

側頭部を襲った衝撃に思わず仰け反る。焼鏝を押し付けられているような痛みと、頬を伝う生ぬるい感触。腕の中の子狐妖怪はぎゅっと目を瞑って震えていた。

「……怪我はない?」

「!?」

驚いたように顔を上げる子狐。
その目が微笑むアイリスを、そしてこめかみから今尚滴る液体を捉えてまたアイリスの顔に戻り……。

「ぅ……ひくっ……うぅ、うあぁああん!」

込み上げてきた感情が爆発するようにアイリスの胸で泣き出したのだった。

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