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┗東方逃現郷(21-30/45)
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30 :
幻月(東方旧作)
2016/10/24(月) 20:52
一歩、また一歩と歩みを進めながら――。恐らく、幻月を知る誰もが……。
幻月の何一つ知らないことなどない半身たる妹と、「そうなった」幻月を見たことのある二人の人間を除けば、耳を疑うような声が、発される。
・・
「ライゼスが……、わたしが、守るって誓った子が、「また」、泣いている……」
それは、地を這うような声。抑えきれぬ憤怒に満ちた怒りの声。
――その声を聞いた誰もが、びくりと幻月を振り返り……。だが、その誰もが幻月の言葉の意味を理解することはできなかっただろう。
何が「また」なのか。
そも、ライゼスは涙など流していない。まるで祈るかのように鋤を握った両手を合わせているだけで、そのどこにも涙は見られない。
「ま、待て幻月、今の状態では――!」
いち早く我に返り、ほとんど意識が朦朧としているのだろうと判じた慧音が、慌てて幻月に制止の声を投げかける――が。
逆にその言葉が引き金であったかのように、幻月の身体が、それこそ幻のように掻き消える――、少なくとも誰の眼にもそう見えただろう。
その実、幻月はその一瞬の間に、自身が果たすべき目的を達成するだけの距離を削り取っている。
どんな理屈か能力か、ただの農具を持って襲い来る触手を切断たらしめただけでなく、そのまま雲散霧消までさせたライゼスと、妖怪の間に身を滑り込ませている。
「――幻月……?」
――恐らく、覚悟していた「その瞬間」がいつまでも訪れないことを怪訝に思ったのか、怖々と目を開いたライゼスの目に、それまで倒れていた背中がある事はどのように見えたのだろう。
そして、それまで丸腰だった幻月の手の中に握られた、「魔力だけで構成された」その槍は。
ライゼスがどんな結論に至ったのか。それを言葉として発するよりも早く、怒れる虎の咆哮にも似た……つまり、それを発した幻月にはあまりに不似合いな怒声が、場を揺るがす。
「……誰だ――、ライゼスを泣かせたのは……!!」
「い…いけない! お前なら気付いているだろう、その子は…その子は!」
ライゼスの事を指しているのではない、慧音の庇護する者の身を案じる絶叫が響く。
――直後、渾身の力を持って繰り出されたその槍の一刺は、さながら先ごろとは真逆の結果をもたらすことになる。
先程は為す術無く貫かれるだけだった幻月が、今度は真逆に実体のない妖怪の身体を一息に貫いている。
挙がるのは、声なき絶叫。幻月のように精密に構成されたわけではないその仮初の身体は、巧みに、緻密に編み上げられた幻の槍の一撃を持って、今度こそ完全にかき消される。
……あとに残るのは、まるで怯えるように身を竦める小さな狐の妖怪が一匹。あれ程の大身槍に貫かれたにも関わらず、その身体にはかすり傷一つついていない。
幻月の槍がもたらしたのは、実体なき身体を掻き消したことのみで、力なき妖怪に深手を負わせることではなかったのだと察し、慧音が安堵したように大きく息をつく。
――それを持って、自分の役目を完遂したと判断したのか……はたまた、身体が限界を迎えたのか。
手にしていた槍が構成を失って音もなく崩れ去るのと同時に、幻月の身体はまたも、糸の切れた人形のように地面へと崩れ落ちた。
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29 :
幻月(東方旧作)
2016/10/24(月) 20:51
アイリスが、ライゼスが。拙いなりに、それでも懸命に抵抗するなか。
……二人の保護者を自認し、請け負う幻月は深い昏倒に身を沈めていた。
――幻月とても、如何に弱体化著しいとは言え、本来ならばこの程度の一撃で昏倒するほど打たれ弱いわけではない。
今はその力を九分九厘失っていようとも、幻想郷においても上から位置付けたほうが早い――、最強の一角には数えられる大悪魔と、人里に忍び込んで地蔵のお供え物を失敬するのがせいぜいの小妖とではそもそも格が違いすぎる。
……その幻月がなぜ一撃で此処までの重傷を負ってしまったのかと言えば、それはもう相性が悪い――という他になく。
幻月は名の通り、その実体は夢幻で構成されている、と言っていい。
かと言って実体がないわけではなく、言うなれば本来の身体は何らの影響もなく、彼女たちの住処である夢幻界の館において静かに眠りについている。
――今、幻想郷に滞在する幻月の身体は、自身が紡ぎあげた……実体と何ら変わらないほどの精度を持った幻であり、そちらに魂を移すことで幻想郷で動いている――という状態にある。
それは妹の夢月にしても同様である。
――であるがゆえに。精度の高い幻はそれだからこそ、自分以外の幻からの干渉によって簡単にその精度を乱されてしまう、という弱点を抱えることになる。
無論、本来であるならば自身に触れた幻をこそ乱すほどに強固な構成をしているのだが……。妹と離れ離れになり、その力の片鱗すら発揮できない今となっては、分が悪すぎる。
乱された構成を懸命に編み直す。
それに腐心する形になればこそ、まるで気絶するかのように昏倒したまま、ピクリとも動かなくなっている――、という。
そのはず、だった。
否――そうでなければ、ならなかった。
構成を乱されたままではどんな動き――例えば指一本動かすだけ、言葉ひとつ発するだけ。
たったそれだけの動きでなお、魂を剥き出しにするような、危険極まる状態を晒すことになる。
動くことも、話すことも出来ない、してはいけない。――にも、関わらず……。
「あ、い、りす……。らい、ぜす――」
微かな声がこぼれ落ちる。それは、周囲の雑踏に紛れて誰の耳にも入らない言葉。本来あっては成らない言葉。
言葉だけではない。動けばそれだけで、より深刻なダメージに繋がるような状態で、それでもそれまで地に伏すだけだった小柄な身体が、よろめきながら起き上がる。
「お、おい……」
そうすれば、最前までは幻月とライゼスを、ライゼスが妖怪に立ち向かってからは昏倒したままだった幻月の体を守っていた中年男性が声を掛ける。
気遣わしげなその声に、軽く首を振って心配は無用と訴える。
ただそれだけの動作で身体に響くような激痛をそれでも、堪えて。構成が乱れ、歯抜けのように崩れかけた翼を大きく広げて。
・・・ ・・・・・・・・・・・・・
その右手に、幻術を持って槍を構成する。――それは、「まるで、お手本でも見せるかのように」――。
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28 :
ライゼス(創作♀)
2016/10/24(月) 19:45
「おじさん! 貸りるわっ!」
「お、おい!? 嬢ちゃん!?」
慧音が辿り付くまでに二人を保護していた、野次馬の中の一人のおじさんが持つ、三叉のクワへとライゼスは手を伸ばし、強引に奪い取った。
そのままアイリスの元へ、他の何にも目をくれずに走る。
「ライゼス!? 無茶だ、何をする気だ!?」
「アイリスを、離しなさい!」
慧音の金切り声を背中に受けながら、幻月に守られていた無力な少女の姿が嘘のように、上から重心を掛けてクワを振り落とす動作。
非力で、それでいて少女特有のぎこちなさがあるのをカバーする、まさに人として敵意を持って放たれる一撃が、アイリスに群がる触手の束、その根元を捉えた。
……しかし、外れた訳でもない、触手はそのままにクワだけが透過したようにして、地面に突き刺さった。
予想だにしない結果の煽りを受け、ライゼスの全力が自身の手首に帰ってくる。
「痛っ…ぐぅ!?」
そして、その瞬間を触手に横薙ぎに打ち払われた。
脇腹に掛かる痛みは鈍く、吐きそうな気持ち悪さを感じつつ、それでも妖怪への敵意は失わず、ライゼスはよろめきながら起き上がる。
まだ反動で痺れている、右手首が…右手が、熱い。腸の奥底にも同じような熱が伝播してくる。
(なによこれ、体の調子が、変…。収まりなさい…今はそんな事、自分の事なんて気にしていられる余裕なんて…!)
まだ態勢を整え切らない間に、触手は極めて無機質、そして冷淡に、細く捻じるようにして再び螺旋の槍へと姿を変えた。
アイリスより強烈な敵意を持つライゼスに対して、確実にトドメを加えようというのだ。
「い、いかんっ…やめるんだ!」
慧音も輪の内周へと飛び込み、両者に対して制止を掛けるが、間に合わない。
自身の武器は役に立たず、逆に4本ほどもある決定的な凶器を目の前に突き付けられ、ライゼスは改めて、己の命運を悟った。
もう何の言葉も、感想も浮かばなかった。状況を打開するだけの力を抱えたまま、こうして無力な人間のまま、
人間では受け止めきれない圧倒的な力に覆い込まれて、身の丈に合わないような事で命を散らすのだ。
幻月と、アイリスを巻き込んだ。その事実の償いを果たせずして。
走馬燈なんかを脳裏に浮かべて、逃避するのは嫌だった。だから、ライゼスは自業自得なるままに己の業を抱え込むようにして、クワを握る両手を合わせ、祈った。
最後まで、不条理に抗い続けられますように、と。
後はもう無意識だった。相打ち狙いさえも無駄かも知れない、それでも、目を閉じたままでクワを振るった。
「………!」
触手にクワの刃が突き刺さり、そのまま力を掛けるほどもなく中折れして、切断した触手を雲散霧消のように搔き消した。
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27 :
ライゼス(創作♀)
2016/10/24(月) 19:44
「わわっ…!」
巨大な掌が迫ってくるかのように5方に伸びた触手が、アイリスの逃げ場を封じるように左右からそれぞれ挟み撃ちを掛ける。
アイリスは純粋に落ち着いて『じっくり視た』結果、後ろにステップを踏んで幻惑される事なく触手を躱した。
ほんの一瞬の差で、アイリスがさっきまで居た場所の足元に、怒涛の殴打が打ち付けられる。
「な、何か変…! 攻撃動作に、風を感じない…?」
まだ幻想郷に生息する妖怪の事について何も知らなくとも、アイリスだけが感じられる『風詠み』によって、何らかの違和感に直感で気付いた。
人間や妖怪の括りに留まらず、質量があるなら動作を起こす時に少なからず生じるもの……「空気抵抗」と「風圧」である。
アイリスは、直接目で見るのでは回避の遅れる攻撃に対して、風を敏感に感じ取る事で対応するだけでなく、あるはずのものが無いというヒントをも得ていた。
「う、うぅっ…!」
不定形の妖怪の意識がアイリスの方に向いた為、貝のように二人折り重なって身を固めていたライゼスは、その隙に幻月を抱えながら横へと転がって脱出する事が出来た。
(私とこの弓なら、無理する事なくこの妖怪を牽制できる…!)
妖怪との間合いを測り、それから懸念材料だったライゼス達への援護には成功した。次に、アイリスが弓を射るにあたり、どこを狙うか…。
汚泥の塊のような本体の元に、触手が引き戻される。何か反応を与えれば向こうも仕掛けてくるに違いない、その様子にアイリスは再び目を凝らした。
触手がそうであった以上、あの妖怪を纏うように漂うオーラにも、「質量と言える存在感」が無いはずだった。
球体のように本体を覆う形をしていながら、時折気泡のような、目のようなものが表面にポコッと浮かんではまた黒い闇の中に沈んでいく。
「あれを、狙ってみる?………くっ!」
すぐに矢尻を弦に掛けた弓を引き絞り、次に『目』が浮かんでくる位置を見計らい、弓矢を射った。
パシュ、ゥ…という短い射出音と高く間延びする風切り音だけを残し、矢は妖怪の本体へと飲み込まれた。
まるで効いたような手応えが無かった…。妖怪の方は弓矢にすぐに反応し、アイリスが居るだろう方向を定め、打楽器を乱れ打ちにするかのように振り上げた何本もの触手で虱潰しに地面を打ち付ける。
「きゃあっ!」
アイリスが慌てて身を翻すその位置に、まさに隙間なく埋め尽くすような絨毯爆撃の波が押し寄せ、そのうちの一本に強く腰を打たれた。
堪らずにその場に倒れ込んだアイリスへと触手が殺到し、ライゼスや幻月と同じように、身動きが取れなくなる。
「うっ、こ、これは…!? あの子がこんなに妖力を剥き出しに発するとは…」
寺子屋の子供達の避難を済ませ、慧音が駆けつけてきた頃には、妖怪を囲うような人だかりの手前の方に、
背中に痛々しい腫れ痕を残して倒れ込んだ幻月とライゼス、そしてこれから同じ目に遭うだろう、アイリスが触手に襲われている時だった。
「アイ、リス…。幻月…っ、うぅう…」
「お、おい、無理はするんじゃない…私が妖怪を抑えるから安静にしているんだ…」
まだ意識のあるライゼスの元へ、慧音が駆け寄って制止するように両肩に手を掛けるが、その手を払うように立ち上がる。
慧音の事も、声も、聞こえていないようだ。その目は、アイリスに向けられていた。
(弓…あれで、私達を助けてくれた。同じように、武器が…武器があれば、アイリスの事も助けられるのに)
何が起こったかはライゼス自身にも分からないものの、後悔や無力感や恐怖、そういった己を抑制するものが頭の中で渦巻く。
そして、「何とかしなきゃ」という行動…火種をくべた瞬間、それらは一気に膨張し、ライゼスの体の奥底に爆発を引き起こした。
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26 :
アイリス(創作♀)
2016/10/18(火) 01:06
「やっぱり市場はこっちの世界も現世と変わらないのね。みんな楽しそう」
寺子屋から程近い市場。そこに備えられたベンチの上にアイリスは座って通りを眺めていた。
単純に行く当てもなく、とりあえず賑わっている方へと歩いてきた結果だが、ベンチに腰掛けたその手には蒲焼のようなものが握られ、
頭にはよくわからない妖怪っぽいお面が付いている。すでに異世界ライフを満喫しているアイリスだった。
「八つ目うなぎって、ものすごく美味しいけど……やっぱり生きてるときはグロテスクなのかしら?」
既に調理された蒲焼を見つめながら勝手に想像を膨らませ、それでも知らぬが仏とばかりに率先して調べようとはせずに
幸せそうにうなぎを口の中でもきゅもきゅする。二人と合流してからお昼を取ることになるだろうことが彼女の頭の中にちゃんと残っているのかは定かではない。
「あむ……んっ……はぁ、美味しかった。さて、次は――」
「キャーッ! 妖怪が人を襲ってるわっ!」
「ひぃっ! お助けぇ!」
アイリスが立ち上がった直後。自分がやってきた方向からたくさんの人が慌てふためいて走ってきていた。
その様相は文字通り脱兎のごとく必死で、中には転んだ人の上を構わず踏みつけていくような有様。どう見ても尋常ではない。
「大丈夫ですか!? 怪我は……いったい何があったんです?」
人波が去ってから倒れた男性の方へ駆け寄り助け起こす。20代後半から30前半くらいだろうか。見た限り転んだり踏まれたりで汚れてはいるが、かすり傷以上の怪我は見当たらない。
「うっ……すまない。大丈夫だ。そんなことより君も速く逃げた方が良い。
寺子屋の近くで見た事も無い異形の妖怪が暴れだしたんだ! ここも危ないぞ!」
「寺子屋で!?」
アイリスの脳裏をライゼスと幻月の、そして慧音と無邪気に笑う子供たちの顔が駆け巡る。あの優しい人たちが危険に晒されている?
「わかった。じゃあおじさんは速く逃げて!」
「おじ……いや、待て! どこへ行くんだ。行っても君のような女の子にできることなんて何もないだろう。邪魔になるだけだ! こういうのはプロに任せて――」
「……そうやって逃げ出して、もし大事な誰かが傷ついたとき、そのプロって人に全部の責任を負わせて、
自分は何もしていないくせに他人に糾弾ばっかりするような人、私、大嫌いなんだ。文句をつけていいのは自分ならできるって人だけだよ」
「なっ!?」
立ち止まって振り返った彼女は、先程までの正義感溢れる活発な少女などではなく瞳の奥に仄暗い闇を湛えた別のナニカだった。
顔からは表情が消え、全身から黒いオーラのようなものを湧き上がらせている。
実際は寺子屋で暴れる妖怪の禍々しい妖気を背景に立っているだけなのだが、この時の青年には彼女自身が妖気を発しているように見えた。
「わ、分かった。そこまで言うなら止めはしない。だが丸腰で行くなんて無謀はしないでくれ。
そこに僕の店がある。何もないよりはマシ程度でも武器になるものもあるはずだ。好きに使ってくれ」
「ありがとう。じゃあ速く逃げてね!」
走り去って行く彼女の背中を、青年は見えなくなるまでずっと見つめていた。
―――
「……軽いな。矢の数も心許ないし、本当にないよりマシレベルね」
青年の店から拝借してきた弓は初心者用の物で、弦をほとんど力なく引ける代わりに、相応に射程も威力も無きに等しいような弱いものだった。
初めて弓に触る人ならこれでも力を込めないと引けなかったりもするが、弓道段位を取得しているアイリスからすると文字通りおもちゃのような弓である。
「あれね。近くで見ると思ったより大きいな。この弓じゃかなり近づかないと有効打には……ライゼス!幻月!?」
「アイリス……幻月が……幻月がぁ……」
駆けつけた妖怪のすぐ傍に見知った人影を発見し、駆け寄ったアイリスの目に飛び込んできたのは、既に意識もないだろうに、それでもライゼスを守るように抱きしめたまま――
身体中の至る所から血を流す幻月と、その血に塗れるライゼスの姿だった。
――それでも妖怪の攻撃は、当然ながら容赦はなく、新たに舞い込んだ獲物に向けて驟雨の様な攻撃が降り注いだ。
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25 :
幻月(東方旧作)
2016/10/16(日) 17:05
「さて、と――。それじゃあわたしも、ちょっと里の中の見学でもさせてもらおうかな。昔とはだいぶ、様相も変わったみたいだし」
「そういえばわたしの事を知っていたりと、幻想郷がはじめて――というわけではなさそうだったな?」
特にアテがあるでもなさそうだったが、ぶらりと何処かへ歩き出すライゼス。
何やらショックを隠さぬままに、やはり里の中へと向かうアイリス。
そんな両者の背を見送った後、幻月もゆるりと立ち上がる。来訪者が全員立てば、その場にいる意味ももはやないだろう。
慧音もそれに倣って立ち上がり、軽く自分の知る時代のことを話しながら、寺子屋の玄関へと歩みを進める。
そうして一歩、寺子屋を出たその途端、である。
「けーねせんせぇ、お話し終わった?」
「あ、てんしさま」
「てんしさまだぁ」
「てんしさまー、てんしさまー」
「いや、ちょ、わたしは天使じゃなくて悪魔で――って痛い痛い、掴まないで引っ張らないで!?」
大好きな先生と――。里の中では珍しい、白い翼に興味を持ってやまなかったのだろう、子供たちに一斉に取り囲まれる。
子供は嫌いではないし、相手をすることに別に否はないのだがかなり精密に神経の通った翼を掴まれては堪らない。
だが、それ以上に天使扱いもなおさら堪ったものではない。とにかく誤解だけでも解こうと尽力するが、大はしゃぎの子供ほど話を聞かないものもない。
――やがて、理解してほしくてもされないので、そのうち幻月は誤解を解くのをやめた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「そ~れ、いくよ~!」
「わーい!」「きゃーきゃー!」
――五分後。
持ち前の、自称からかけ離れた穏やかな雰囲気と容姿もあってのことだろう。
すっかり子供たちに懐かれてしまった幻月は、結局自由時間を子どもたちとの遊びに当てる羽目になっていた。
希望されるのは軽い遊覧飛行。
力が弱っていようと、其処は伊達にあくまではなく、両腕に一人ずつ抱えて、ゆっくりと飛んで見せる程度の事は然程の苦もないことで。
下に慧音が控えていることもあり、幻月ものんびりとした時間を満喫していた、のだが。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
「な、何だ!? 寺子屋のすぐ傍じゃないか…!」
「うわぁ、妖怪だ! 妖怪が出たぞー!」
何組目かの子供たちを地上まで送り届け、さて、次を――と腕を広げようとしたところで、響く地響きと悲鳴、怒号。
妖怪、という言葉に身を固くする子どもたちを見やってから、慧音に視線を向ける。
「幻月、すまないが――」
「ん。流石に放置もできないしね。大丈夫、任せといて」
慧音の言わんとする事をすぐに悟り、幻月も軽く頷いて答える。
ひとまず、子供たちを寺子屋の中へと避難させる慧音に先んじて、自分は素早く騒ぎの起きた方へと足を運び――。
目の前に広がる光景に、思わず歯噛みする。
小一時間前にも見たような光景――、不定形の何かに襲われるライゼス。
……一体何が起きたのか、それはわからない。人里であんな妖怪が暴れるなどという話も聞いたことはない。
入り込むのはせいぜい、お供え物を狙った小妖で、腕に覚えがなければ見て見ぬふりでやり過ごす程度、と聞いていたのだが……。
「――ライゼス!」
今は考える時間も惜しい。転んだところを妖気の触手で滅多打ちにされるライゼスと、妖怪の間に素早く身を滑り込ませる。
触手が数度身体を打ち付けてくるが、伊達に悪魔ではない。痛痒い程度のそれを黙殺し、ライゼスを抱えあげようと――。
ずぶっ……。
「――――。……やば――。この程度も、防げなくなって、たの……」
触手で埒が明かないと踏んだのか。うち一本を鋭利に尖らせ、まるで槍の如き形状を整えた触手が、脇腹を貫いているのが見える。
急所ではないし、急所だったにしても簡単に死ぬほどヤワではない、が。ライゼスを抱えて避難するのは困難。
となれば――。今は自分が盾となり、慧音が駆けつけてくるまでなんとか時間を稼ぐしかない。
そう判断すれば、ライゼスを守るようにその身体をしっかりと抱きかかえる。数分、それだけ持てば良い、と。
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24 :
ライゼス(創作♀)
2016/10/16(日) 16:02
「お昼まで、人里の中で自由行動ね…。と言っても、あまり遠くにも、人里の中心部にも行きたい気分じゃないのよね…」
二人と別れ、グループという単位から解き放たれた実感を感じつつ、ライゼスは一杯に背筋を伸ばした。
あの場の流れのまま、それぞれ別の方向へと解散したが、やはり放浪者の身分では行く当ても無く。有り体に言って、途方に暮れていた。
これなら幻月かアイリスか、どちらかを誘って行けば良かったかと思いつつ、結局は意欲が湧かないまま、
小岩を並べて置いたような歩道を仕切る縁石に深く腰を下ろした。
「………」
粗雑に並べて置かれた程度の縁石で歩道を隔て、本道もまだ完全に整備されていないような砂利道である。
ライゼス自身が元の世界の過去で、何をしていたかという記憶はまだ一切戻らないものの、
この幻想郷という場所の文明は、どこか懐かしさを匂わせる趣深さがあり、それでいて美しさが際立つ飾られた部分以外は素朴なものであり…
しかし、現代人の身ではなんとなく退屈を感じてしまうような街並みでもあり。その感性から来る寂しさを感じていた。
「こういう田舎の子供達って、一体何して遊んでるのかしら…」
ここはまだ寺小屋から離れていない、塀で囲まれた敷地の裏側。裏庭の方を覗くと、子供達がボール遊びに夢中になっていた。
あの手のゴム製品がどこから流れてきたものかは定かでないものの、少なからず幻想郷の中でも流通しているようだった。
つまり、このような辺鄙なところにも、製造技術を持っている業者の何者かが居るらしい。そう思うと人里の外の世界に多少は興味が湧いた。
「……ん?」
ふと横を見ると、遠くの角でうずくまっていた何かが、人目を気にするようにして寺子屋の塀に空いた穴へ体を潜り込ませていた。
ついさっき、その謎の影が居た場所には、小さな地蔵様が雨風避けの囲いの中に祀られていた。
近寄って見てみると、地蔵様の正面に置かれた小皿に、食べかすのような粉だけが残っている。何かお供え物があったらしいが、それが消失している理由はすぐに思い付く。
ライゼスも後を追うようにして穴へと潜り込むと、寺子屋と倉庫の間の狭い隙間に出た。
陰に隠れて見えないが、先程の影の正体が向こうの粗大ゴミの後ろに隠れて、こちらに背を向けて屈んでいた。
寺子屋の子供達と同じくらいの小柄な背丈で、同じような生徒かと思いきや…人の身には持ち得ないはずの、ふわりとした何かの器官が小さな影の背中で揺れる。
そして、ライゼスはその存在の漂わす雰囲気に、妖力を感じ取ったのだった。
「あれって…」
つい数刻前、ライゼス達に襲い掛かったのと同じ、妖怪だ。それは間違いない。
しかし、さっきの鎌鼬とは明確に違うものを感じ取れる。あの存在には、危害を加える力が無い。
「あれなら、穏便に対処出来る…?」
あの時の鎌鼬のように、まるでハチを相手取って石を投げたのとは違う…鎌鼬と比べるならあれは昆虫のような、もっと人にとって親しめる存在のはず。
それでいて、自身の目の前でお供え物をくすねたという事実を、なんとなく看過出来なかった。ライゼス自身には、それが行動の理由のように感じた。
そして…何気なく気配を殺しつつ、ただ何をするでなく、そっと背後から近寄り、「右手で触れた」。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
「な、何だ!? 寺子屋のすぐ傍じゃないか…!」
「うわぁ、妖怪だ! 妖怪が出たぞー!」
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23 :
アイリス(創作♀)
2016/10/16(日) 15:13
「ふむ。君の妹か。……仏だろうと天使だろうとまずは実際に会ってみない事にはなんとも言えんが、
元よりこちらから喧嘩を売るつもりもない。一応気には留めておこう」
「幻月の妹かぁ。改めて考えるとどんな子なんだろうね? まさに女神って感じかな?」
「いや、逆に幻月の分の悪魔要素も取り込んでサタンばりの悪魔なのかも。なんか物騒なこと言ってたし」
「あなた達ねぇ……」
こちらが黙っているのをいいことに言いたい放題だ。あの子は本当に今の状態だとどうなるかわからないというのに危機感が一切足りていない。ここは一度ガツンと言ってやるべきか。
「本当に笑い事じゃないんだってば! あの子は本当に私みたいなほんの一部の気を許した人を除いて全部どうでも良いって思ってる節があるし、
こんな人里なんてちょっと夢月の機嫌を損ねたら消し飛びかねないんだよ?」
「そこまでなのか? 幻月を見ていると正直想像つかないが……」
「本当にそうなの! とにかく、絶対にあの子を怒らせちゃだめだからね!」
十全に納得させられたような手応えではないが、それでも多少の危機感は伝わったようだ。
まだまだ言い足りないところではあるけれどひとまずはこの辺にしておこう。
「まぁ君の妹は実際に現れたときに対処すれば良いだろう。まずは妖怪の山へ向かうにしても何かと準備も要るはずだ。
ここなら現状、妖怪に襲われることはないし、まずはゆっくり準備を整えていくといい」
「そうね。う~ん……じゃあとりあえず太陽が中天に差し掛かるくらいにここに集合って形にして、まずは里の中を見て回ろうよ。迷子になっても外に出たりしなきゃたぶん大丈夫だろうし」
ちらりと上空を見上げたアイリス。彼女は細かいところまで記憶に刻み込むことができると言う。おそらく彼女なら太陽がどの程度傾いたか完璧に把握できるのだろう。
だが、それを他の面子にも同じように合わせろというのは少々酷だと思う。
「……まぁおなかがすくくらいに戻ってくれば良いかな」
「そうね。じゃあとりあえずお昼時くらいまで自由行動ってことで」
「あ、あれ? 完璧な時間合わせだと思ったのに受け入れられてない!?」
さくさくと歩いていく二人に戸惑うアイリスに、その場に残った慧音だけが生暖かい眼差しを送っていたのだった。
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22 :
幻月(東方旧作)
2016/10/13(木) 19:02
「――ついでに少し指摘すると、ライゼス。それを言うならば、時期相応ではなく、時期尚早だな。
相応では、既に機は熟した、という意味合いになってしまうぞ」
「し、知ってるわよ! 国語の教師なの!?」
「一応、全科目の教師は務めている身だが」
淡々とライゼスの言葉の間違いを指摘する慧音と、真っ赤になって食って掛かるライゼス。
そんなやり取りを眺めながら、なるほど、先生と言うのは伊達でも冗談でもないんだ、と一人納得するアイリス。
状況も忘れて、和やかな時間が流れるのも束の間。
何やらずっと考え込んでいた幻月が、おもむろに口を開く。
「……ライゼスは、妖力の感知能力みたいのがあるのは解ってる。
アイリスは、風を読める能力があったみたい。
この辺、何かの能力の片鱗というか……、きっかけになったりしないかな」
「感知能力はともかく――、風、か。
山の神社に行けば何らかのヒントは得られるかもしれないな」
「――どういうこと?」
「いや何、妖怪の山の山頂に守矢神社、という神社があってな。
其処で祀る神が、風神……ではないようだが、風に纏わる神であるらしいんだ」
風に纏わる能力のヒントを得るにはうってつけの相手ではあるだろう、とな」
慧音の説明に、幻月も納得の顔で頷く。
風を操る――といえば天狗であり、過去に天狗に剣術を学んだ武士が居る、という言い伝えもあるくらいで。
天狗が人間に何かを教える、というのも珍しくはない――かも知れないが……。
如何せん、悪魔一人と外来人二人、彼らにとっては「格好の種」になるという自覚はある。
……敵対的な接触にはまずならないだろうが、できるならあまり関わりたくはない。
「神様、かぁ……。判ってたけど、ホントに異世界に来ちゃったんだ、って感じ」
「それに神様なんでしょ? 何だかんだ言っても、ご利益とかありそうだし、一石二鳥じゃない」
悪魔だ妖怪だ、と言ってみてもいまいちピンと来なかった二人からしても、「神」という言葉の存在感は抜群だったようである。
特にライゼスは、一応の安全地帯である人里を一時的にでも離れることになることに気付いてか気付かずか。
嬉々とした様子で、山の神社に向かうことに肯定的な意思が見て取れる。
アイリスにも異存はなさそうだと判断すれば、幻月もまた、次の目的地を改めて定め――。少しだけ表情を改める。
「……それじゃあ、とりあえずはその守矢神社に足運んでみようか。
結果がどうなるにせよ、一度戻ってくるつもりだけど――ねぇ、慧音」
「ん、どうした、白い悪魔?」
「……わたしが居ない間に、もし『メイド服着たわたし』が現れた場合――絶対に、荒事にならないようにして。
……まぁ、過度に非礼な接触されなきゃ、愛想無くても危険もない、とは想うけど。
今は、その、ちょっと……。いきなりわたしが消えたって認識で居るだろうからね……。
第三者の仕業を疑って、相当ピリピリしてると想う……。犯人見つけたら、悪・即・斬ってレベルで」
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21 :
ライぜス(創作♀)
2016/10/12(水) 16:26
「任せておいてよ、悪魔っていうのは古来から、契約とか交わした運命共同体の相手には
災いで生命力を消耗したりしないよう、結構甲斐甲斐しく身を守ったり加護を与えるものなんだよ。
今の私でも人間の『二人』くらい守れるってところを見せてあげるよ、何しろ悪魔だしね」
ここぞとばかりに再アピールを始めて羽も誇示するように広げる幻月。
その自信満々な言い回しの中で、ライゼスは驚愕したように幻月を振り返って表情を覗くも、
しかし萎縮するように肩を竦めて、視線を落とした。
「一緒に行くのはいい、アイリスが帰りたい気持ちは分かる、正直言うと私もそうしたい。
だけど、実際に私達が付いていったところで、助けたお礼に何が出来るの? 妖怪の対処とかは全部幻月任せ?」
「私はそれでもいいけどさー?」
「いやいや…えっとー…」
無性にやる気を出し始めた幻月の一言は全く先の展開に憂慮も不安も抱いていないような確固としたもので、
暗に悪魔の私が付いているから何があろうと二人も心配はいらない、大船に乗ったつもりで居て…と、
そういうニュアンスを主張するものだった。
言い換えれば虚勢である、だからこそ絶対と言い切れるような根拠はない。そう感じてしまう故に、ライゼスにとっては有らぬ不安を抱いてしまう。
「出来る事ならいくらでもあるでしょう、悪魔だって日常生活はするんだから、私でもそのお手伝いくらいはね」
「……そんなじゃ、ますます幻月に助けられる事ばっかりになりそうよ。
ただでさえ双子の妹を探さなくちゃいけないのに、いざ妖怪が現れた時に迷惑になるのは…
なんて言うのか、依存しちゃってるんじゃないかと」
「ライゼス…貴方ね、それで別々な方向に進んで、今後幻月に借りを返せるような機会は一体いつ訪れるっていうの?
借りを返すって言ってるけどそれは自分の為でもあるのよ、助けられた事をそのままにして、ただ幻月を見送るだけにも出来ないでしょ?
遠慮とか体面とか考えてたら、きっと永遠にこの人里から出られないままなんだからね!」
「そうじゃないって…、そのー…私達が付いていく上での一番ネックな部分から解決していけば良いって話!
幻月の代わりに妖怪を追っ払うまでは、一朝一夕じゃ出来ないかも知れないけれど、多少の援護をするだけの力や武器なら見付けられるんじゃないかと…
そういう意味で、まだ時期相応、って言いたいの!」
「あぁそういう」
「…コホン、そこまでにして貰っていいかな?思いのほか議論が長引きそうな予感がするからな」
大きな咳払いを一つして、三人の注目を集めた後で、慧音が話に割って入った。
人情家で積極的なアイリスと、慎重すぎるほどに先を見据えた理論派なライゼスでは、意見が真っ二つに分かれるのも仕方のない事だろう。
「傍から聞いていた限りでは、両者共に一理ある。この場の論点は、単に両者が何を重視し、何を優先しているかといったものに過ぎないが…
その答えが、『幻月と行動を共にする上で、最低限の出来うる範囲で非力さを補う』であるのに変わりないのなら、
きっとお前達は三人、助け合いながら旅を続けていける事だろう。
しかし、やはり旅をするのに余裕が無いようでは良くないな、今日のところは落ち着いて頭を冷やすといい。
その間に私が協力者に話を付けてこよう。いつ人里から出るにしろ、例え明日の午後に発つのであろうとも、それまでは待っている事だ」
ライゼスとアイリスは、それぞれが思い思いの複雑そうな表情を浮かべ、その助け舟にあやかる事を渋々承諾した。
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