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┗東方逃現郷(37-45/45)

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45 :幻月(東方旧作)
2017/06/04(日) 19:31

「もう判ったでしょ? 人間と関わったってロクな事にならない。わたし達に関わりさえしなきゃ、別にどうなったって、どうしたって構わないんだから――早く夢幻界に帰ろう?」

その言葉には、声音には、内容と裏腹の懇願するような響きすら感じられる。それほど、夢月にとっては自分の唯一無二が、自分の忌み嫌うものを気にかけるのが看過しがたいものなのだろう。
誤解のないように言えば、幻月とて二択であるなら迷わず夢月の手を取る程度には妹を特別視している――まぁ有り体に言って割りと取り返しのつかないレベルのシスコンである自覚はある。
だが、それでも悪魔としての種族柄か、はたまた個人の性格ゆえにか。一度関わった案件を放り出してその手を握り返すことはできず……。

夢月も、期待していた即答がないことから姉の意を汲み取ったのか、小さく息をついて手を引っ込める。
ようやく伺えるその表情は、「仕方ないなぁ」と言わんばかりの苦笑。失望や傷ついたような色がなかったことに少しだけ安堵しているところに、夢月の言葉が再度重ねられる。

「――判ったよ、姉さんの性格は誰より理解してるつもりだしね。……まだ見放せないんでしょ?」

返す言葉もない。実際、誰よりも自分を知り尽くすのは目の前の妹をおいて他に居ない、という実感はある。それは逆もまたしかり、ではあるのだが。
ゆえに、続いて掛けられる言葉も十分に予想の範疇。それでも、実際にそれを口にされれば少し、身が引き締まる思いはしたが。

「良いよ、無理に連れ帰って嫌われるのも嫌だしね。……こういう形で連れ帰るのはなしにする。でも、そのかわり――。
 ……幻想郷で、ちゃんと顔を合わせたら。本当の形で、ちゃんと再会したら。その時は、そこでおしまい。……ちゃんと一緒に帰ってくれる?」

それでも、提案という形で確認を取ってくる辺りが、妹の妹たるゆえんだと想いながら――。しっかりと頷き返す。

「――それでいいよ、夢月がわたしを捕まえたらそれでおしまい。幻想郷全域使った鬼ごっこみたいなものね。
 ……見つけたからって油断してたら逃げちゃうかもしれないから――ちゃんと捕まえて見せてね?」

挑発めいた言葉を、挑発めいた表情で付け加える。言ってみればそれは、期待を裏切ったことへのちょっとした埋め合わせ。伝わるかは別として、ちょっとした意図を込めた言葉――だったのだが。
それに拠る言葉による返答はなかったが、夢月がその裏に込められれた意味合いを明確に悟ったらしいということは、すぐに理解が及ぶ。
俄然、やる気を出した空気が肌に伝わり――。一瞬、自分の行動を後悔しかけたところで、ふっと身体が浮遊感に包まれて……。

◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇

「おっと、ナイスタイミング。ちょうど起きたところでしたか」

パチリと目を開けば、見知らぬ部屋の中。洋館に住まうがゆえ、あまり馴染みのない和室に、恐らくは来客用なのか新品の匂いがする寝具。
そして、これまた見慣れない服に身を包んだ見覚えのない黒髪の少女。彼女の姿勢と、額にひんやりした感覚があることから手ぬぐいを変えてくれようとしていたのだろう、ということが察せられる。
初対面のはずだが、シャツから短パン、頭に乗った帽子に至るまで白を基調としてまとめられたその装束は、彼女によく似合っているな――と場違いな感想を抱いているうち、すっと少女が立ち上がる。

「とりあえず今、聖とお連れの人呼んできますから。まだキツイようなら、もうちょっと横になってて大丈夫ですよ」

にかりと笑ってそれだけ言い置き、手を振って出て行くその後姿を見送り――。襖が閉められてから、ようやく本人に向かっては投げかけられなかった疑問が、喉の奥からこぼれ落ちる。

「……え。いや――なんで、背中にアンカーなんて背負ってるの……?」

――幻月の疑問に答える声は、どこからも帰ってこなかった。

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44 :幻月(東方旧作)
2017/06/04(日) 19:30

――それは夢か現か……、などと。自分が口にするにはあまりにも愚問に等しい思考が、頭の片隅に湧きあがる。

直前、自分が何をしていたのか、それもいまいち思い出せないが、それ以上に今自分がどこに居るのかもよくわからない。
前後左右。上下に至るまで視線を巡らせてみるが、あるのは何もない真っ白な空間ばかり。
ただ、自分が「仰向け」になっている――なれていることから、恐らくそんな概念自体が存在しないのだろう――という想像はついた。

其処まで確認してから、もう一度考える。さて、ここは何処だろう。
うっすら思い出してきた。確か自分は、幻体を乱されることで大きなダメージを負い、その状態で更に無理を重ねたせいで意識を失ってしまったはず。
にも関わらず、身体のどこにも苦痛はないし、動かない場所というのもない。足の指先まできちんと動くのを確認した辺りで――。視界の片隅に、誰かの影が浮かび上がるのを感じ、半ば条件反射でそちらに目を向けて――。
投げかけようと思っていた誰何の声が、喉の奥で凍りつく。

「――だから、言ったのに」

そんな此方に斟酌せず、その影がどこか呆れを含んだ声音で――、『他の、誰の声よりも聞き慣れた声』で言葉を発する。
聞き間違うわけもない。それ以前に、たとえ影であっても自分がそれを見間違うはずもない。

「……夢月――」

自分の体ながら全く現金なものだと想う。自分たちは二人で一人前、二人揃ってやっと本来の力を発揮できる。
ずっと側から離れていた自分の半身の存在を認識した途端、身体の奥底から発揮できずに居た力が漲ってくるのが感じ取れ、すぐさまそちらへと向き直る。
此方の姿勢が整うのを待ってから、影――夢月が、再度口を開く。

「言ったよね、姉さん。……人間なんて所詮、自分のことしか考えない。少しでも自分たちと違えば、それだけで排除にかかる浅ましい生き物だって」

夢月の語る言葉には、抑えようともしない侮蔑が込められている。自分に向けられたものではなく、個人に向けられたものでもなく、人間という種に対する心底からの嫌悪感。
もともと、夢月の世界というのは夢月自身と、幻月の二人だけで完結してしまっているフシがあり、一応友人として幽香や他数名を認めてはいるものの、去るなら追わず、居ないなら居ないで構わない、で済ませてしまえる範疇である。
――夢月が手放さない、手放せないほどの執着を示すのは双子の片割れ、姉である幻月のみ。

……ゆえにか、自身が忌み嫌う人間に対しても、幻月が一定友好的な態度をとることには、苦言を呈することもそう珍しいことではなかった。
だが、ここまではっきりと言葉を重ねるのはこれが初めてであり。幻月も、妹が抱える闇が自分の予想を遥かに超えて根深いものだったと理解せざるを得ず、反駁の言葉は発せない。
沈黙を守ることを同意と受け取ったのか、夢月が一歩此方へと歩みを進める。手が、差し伸べられる。

――幻月には、判っていた。その手を握り返せば、自分はすぐにも夢月と本当の意味で再会できる。
この空間は夢月が作り出した夢の世界。夢月と接触さえすれば、あらゆる空間を飛び越えて、夢月の目の前まで引っ張ってもらえると。

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43 :ライゼス(創作♀)
2016/11/19(土) 20:23

「一体、何をやっているのかしら、私は…」

地に膝を付けてまで正座している、そのままの格好で放心していたライゼスの口から零れた言葉がそれだった。
この望まぬ展開を変える、それだけの為に頭を下げたはずだったけれど。
しかし村人達は、このような災いを引き起こす体質を持った自分を追及しないどころか、保護しようとする。
『正直言って、今の今まで保身ばかりを考えていた村人がどうしてそんな余裕を見せるようになったのか』という掌返しの意図は、
ライゼス自身には全く分からなかったものの。それはまた望まぬ展開であったにも関わらず、耳心地の良さに、思わず顔を上げてしまったのだ。

待遇を期待してしまうくらい、ライゼス自身にとって都合の良い話だった。そう刹那的に感じてしまった事をまた、今になって後悔する羽目になった。
騒動の発端が、この妖怪でもなくあくまでライゼス自身にある事を踏まえ、頑として責任を主張し続けなければならなかったのだ。
あぁ…ライゼスの目の前で、華麗に小悪党な男の企みを打ち砕いた幻月が、体の力を失って後ろ向きにくずおれるように倒れていく。
ライゼス自身の導くべき道を切り拓いた一筋の光明のような、希望の象徴だった。もうライゼスには幻月に手を差し伸べるだけの気力も残っては居なかった。

目の前では、ライゼスと異なり妖怪を身を呈して庇い続けたアイリスが、とうとう暴動の波に呑まれようとしている。
どうして彼女のように、はっきりと『貴方達の保護だなんてむしろ迷惑です、責任は自分で取ります』と声高に主張を続けられなかったのだろうか。
付き従った人間には同調するが、反発した人間には報復し、妖怪は元からその道理ではない。なんて短絡的で破綻しているフェミニズムなんだろう?

ライゼスはいつの時代にもそういう人間の愚かな面、先見性の無い面を見せ続けられて生きてきた、そんな感覚を覚えていた。吐き気がする。頭が眩んでくる。
体の前に片手を付き、反対の手でこめかみを抑える。瞳を細めて見据える視線の先に、村人のほんの気まぐれな愛想を受けられなかった、もう一人の少女と無力な小妖怪の末路が見えた。
あのようにして、環境にそぐわぬものは排斥されて行くのだろう。自身が気を失ったら、きっと次は恐らく、既に無力化されていて鎮圧する必要もない、この天使のような悪魔。

『どこか放っておけない子』と、いつか言われた気がした。何故、本当に放っておいてくれなかったのだろう。
はぐれものに属して、はぐれもののままで、同じはぐれものに退屈凌ぎの余興を与えるだけで良かったのに。ただ見世物にされる為に、その居場所からも引きずり上げられていく。
普段は私を子供のように愛したりはしなかったくせに、手懐けられる余地があると分かれば心変わりしたかのように、今になって手遅れな恩情を与えようとする。
私はそういうところで矛盾を覚え、人間を嫌悪し、同じ生物学科に属しているという事実を嘆いていた。
……もう何も考えが定まらず、そこでライゼスは意識を手放した。

刹那に脳裏に焼き付く、さすらいの行僧の後姿に…隣人にも手を差し伸べるという優しさの可能性を感じさせる、現実に存在し得ない母性の象徴、まるで人ならぬ『神』の存在を感じながら…。

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42 :アイリス(創作♀)
2016/11/17(木) 20:25

「うぐっ!」

歯を食いしばったアイリスの側頭部を打った拳は、そのままアイリスの華奢な体を吹っ飛ばし、近くの民家の壁へと叩きつけた。本気で当てるつもりはなかったのか、吹っ飛んだアイリスと己の拳を見比べて困惑する青年。
そんな青年を無視してフラフラと立ち上がったアイリスは、再び妖狐の前へと戻ると、両腕を広げて立ち塞がり、それには青年だけでなく村人たちも戦慄して言葉を無くす。

「私はただ事実を言っただけ。それに逆上するってことは本心では自覚があるってことでしょう?」

村人が怯んだ隙にたたみかけるように言葉を重ねるアイリス。彼女の脳裏にあるのはただ一つ、晒される敵意を全て自分が受け止め、後ろの妖狐やこの村に住むしか道がない弱い者たちを守ること。幼い頃から予知夢を見ることができ、人の悪意と悲しみに敏感な彼女にとって、見知らぬ妖怪だろうと見捨てる理由にはならない。

「この! 言わせておけば、世の中も知らないようなガキが調子に乗って!」

「そうよ! せっかく助けてあげようって言うのに生意気だわ!」

一度は怯んだものの、アイリスの態度を許せない数人からすぐに新たな罵声が浴びせられ、その側で幻月が再び力尽きるように膝を付き、ライゼスがどちらに駆け付けるべきか判断できずに立ち尽くす。――手を叩く乾いた音が響いたのはそんな時だった。突然の横槍にその場にいた全員が口を閉じ、音の発生源へと向き直る。

「話は大体聞かせてもらいました。つまり、妖怪たちが別の安全な場所に新居を構えることができればいいわけですね。ならば妖怪たちのことは私が引き受けましょう。万一、人里に住む妖怪が悪事を働いたのなら、その責任は全て命蓮寺が取ります。それでも不満のある方はいますか?」

そこにいたのは白と黒のワンピースドレスに身を包み、唐笠帽子をかぶった女性。村人たちとアイリス、双方に微笑む彼女は聖白蓮。人里を守護する命蓮寺の僧侶であり、ここ人里においてもそれなりの影響力を持った人物だった。
聖の問いかけに村人たちはみな、各々目を見合わせたりするだけで、先ほどまでのように文句を言ったりする気配はない。

「――異論はないようですね。ではそのように。……貴女、お名前は?」

村人たちが口をつぐんだことを確認すると、聖はアイリスへと歩み寄る。その顔には慈母の様な笑みが浮かべられているが、その微笑からは彼女が何を思っているのか窺い知ることはできない。

「……アイリス。アイリス・シフォン」

「そう。アイリスさん、ありがとうございます。その子、それに村の妖怪たちのことを守ってくれて。ですが、貴女には力がありません。たとえ貴女がどれだけ正論を言ったところで、力を持たなければ簡単に力で覆され、身を滅ぼしてしまいます」

聖の言葉にアイリスは言い返す言葉を持たない。しかし、彼女にはどうしても力に対する強い忌避感があった。
薄くなったものから、はっきりと残るものまで。彼女の体に刻まれた数多の傷跡は、予知夢を覆そうとして無茶をしてきた代償。それらの痛みを知っているからこそ、アイリスは自分の体が傷つく事に対し何の痛痒も感じない代わりに、他者を傷つけることへの強い恐怖を抱いている。

「力は力です。それを振るう者によって善にも悪にもなる。貴女たちなら正しい力の使い道を見つけてくれると信じていますよ。……では、皆さんも命蓮寺へいらっしゃい」

聖はそのまま幻月の方へと歩いていく。自分も続こうとすると、クイッと裾が引かれた。振り返ると、妖狐が不安そうにこちらを見上げているのと目が合う。

「ごめんね。怖い思いさせちゃって。でも、もう大丈夫みたいだから。君は……お母さんとか、一緒にいるの?」

首を横に振る妖狐。これだけの騒ぎだ。もしいるのであれば、もう誰かしらが近づいてきてもいいと思うが、そんな気配はない。本当に一人なのだろう。

「……そう。……一緒に、来る?」

妖狐へと手を差し伸べる。成り行きとはいえ、ここまで関わってしまったらもう、この子をそのまま見放すことはアイリスにはできなかった。

「……うんっ!」

果たしてアイリスの胸へ飛び込んでぎゅっと抱きついてくる妖狐。その二人の様子を聖が横目に見つめ、穏やかな笑みを浮かべていた。

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41 :アイリス(創作♀)
2016/11/15(火) 19:46

唐突な衝撃音と、静寂を引き裂く少女の張りのある声に周囲の視線がさっとアイリスに集まる。

全力で殴ったのだろう。彼女の拳は各指の付け根が青紫色に腫れ上がり、擦り切れた皮膚から血が滲んでいた。見るからに痛々しいが、彼女は全く痛みを感じていないかのように村人たちを睨む視線には一片の揺らぎもない。


「な、何を言うんだお譲ちゃん! 皆君たちのために言ってくれてるんだぞ!?」

「そうよ! 妖怪がいるせいで皆がこんなに怯えて生活することになってるんだから。妖怪がいなくなって何が悪いって言うの?」

我に帰った村人たちたちから上がる反論の声。その声音にはアイリスに対する疑惑と憤怒がありありと込められていたが、それを一身に向けられるアイリスは小揺るぎもしない。

「それが府抜けてるって言ってるのよ! 私達のため? ふざけないで! あなた達が考えてるのはライゼスを言い訳に使ったただの保身でしょう! ここに住んでいる妖怪たちが何をしたって言うの? みんなあなた達に迷惑をかけないように気を付けて生きてるのに、そんな身勝手で追い出して。人間は守らなきゃいけないけど妖怪は殺しても構わないなんて、そんなんじゃどっちが化物かわかったもんじゃないじゃない!」

アイリスのその言葉は明らかに村人たちの琴線を逆撫でし、アイリスへの怒りのボルテージが増していく。自分たちは彼女のためを思って言っているのに、その相手から噛み付かれれば面白かろうはずもない。

「な!? 誰が殺すと言った! 私たちはあくまで人と妖怪の棲家を明確にしてだな」

「それが見殺すって言うのよ! 本当に悪い妖怪がいるって言うならこの村がこんなに発展する前に何かしらのアクションがあるんじゃないの? でもそんな物ないじゃない! つまりはここに住んでる妖怪たちだって私達と同じ、一人では生きられないからみんなと協力し合って生きているんでしょう! それを妖怪だからって理由で追い払おうとするなんて、死ねって言うのと何が違うのよ!!」

アイリスの言葉に場がシンと静まり返る。しかしそれは、先ほどのアイリスが壁を殴った時の静寂とはまったく違う。それはさながら嵐の前の静けさ。周囲の人間たちの間に不穏な空気が立ち込めていく。

「ちょっとアイリス! あなた何言ってるの!? 言いすぎでしょ!」

「お姉さん……」

その空気を敏感に察したライゼスが慌てた様に静止し、妖狐が心配そうに見上げてくるが、アイリスは引き下がらない。

「何なのこの子!? 妖怪なんかの肩持って……もしかしてこの子、妖怪が変化してるんじゃないの!?」

「そうか! きっとそうだ! よくも俺たちを謀りやがって。ぶちのめしちまえ!」

血気に逸った若い男が民衆の中から飛び出してアイリスへと拳を振り上げる。アイリスの後ろで妖狐が息を呑み、ライゼスが駆け寄ろうとする。しかし、土下座をしていたライゼスが間に入るのは明らかに間に合わない。

――パシィィン

誰かが息を呑む音。男の拳が肌を打つ乾いた音が人里に響いた。

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40 :アイリス(創作♀)
2016/11/08(火) 18:24

「そうだよな。本来なら人里に妖怪が住み着くのを黙認してるのがまずおかしいんだよな」
「あぁ。その子がそんな爆弾を抱えてるならその子の為にも、この期に妖怪の徹底排斥をした方がいい気がする」
「そうね。そのせいで住めなくなるなんて可哀想だもの」

幻月の力で一度は鎮まったかに見えた妖怪排斥の熱が再び誰からともなく拡がっていく。数人の囁きが幾人かの輪になり、その輪が集団と化して止める間もなく、気付けば妖狐を見る目が同情から困惑。困惑から疑念。疑念から無視、あるいは敵意へと塗り替えられる。

「ひっ!?」

冷たい敵意にさらされた妖狐は咄嗟にアイリスにしがみ付くが、すぐにその手を離す。妖狐にとってアイリスも周りの民衆も自分の知らない人間であることに変わりはないのだ。唯一信頼できる慧音は説得に必死でこちらに気を回す余裕はなく、その説得も焼け石に水で功を奏してはいない。

――ポタッ

不意に妖狐の腕に水滴が落ちる。雨かと一瞬思い、鮮やかな赤い色をしたそれにアイリスが自分を庇って負傷していたことを漸く思い出す。彼女がどんな人でも、助けてもらったのならお礼は言わないといけない。

「あ、の……うぁ」

せめてお礼を口にしようとした傍から悲鳴へと置き換わる。別にアイリスが悪鬼羅刹のような形相だったり、目の前に凶器があったわけでもない。深く俯いた彼女の表情は前髪に隠れて見えないが、それでもアイリスがひどく怒っていることだけはいやでも伝わってくる。

自分が何かしてしまったのか。それともこの目の前の少女も助けてくれたのは何かの気の迷いで、結局妖怪なんていなくなれば良いと思っているのだろうか。自分たちだって望んで妖怪に生まれたわけじゃないのに。どうして自分たちだけがこんな――

「ひぅッ!」

不意に差した影にハッと我に返ると、アイリスの伸ばした腕がすぐ目の前まで迫っていた。今更逃げても遅く、悲鳴と共にキュッと目を瞑る。このまま死すら覚悟した。

「大丈夫。私の後ろに隠れてて。絶対に、見捨てたりなんてしないから」

思いがけない強くて優しい言葉。頭に伝わる心地よい感触に、おっかなびっくり目を開いた妖狐が目にしたのは、自分の頭から手を離し、毅然とした顔で前を向くアイリス。スッと妖狐の体から力が抜ける。

人間は皆怖いものだと思ってた。慧音先生は優しいけれど半分は妖怪だし、自分に優しくしてくれる人間なんていないものだって。でもたった一人、たった一人だけでも自分の存在を受け入れてくれる人がいたらこんなにも救われるんだ。

「いつまでも腑抜けたこと言ってるんじゃないわよーっ!」

ドォン!! と、全力で壁を殴って人間たちを黙らせたアイリスの後ろで、妖狐は先ほどまでと違う涙を零していた。

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39 :幻月(東方旧作)
2016/11/06(日) 19:47

「ゆ、許し――助けてくれぇっ! 悪かった、済まなかった、お前を見捨てちまって――だから、ガキだろうがなんだろうが妖怪なんざどうなっちまっても構わねぇって――いっそ、殺しちまえるときに殺しちまったほうが良いって……!!」

――ある意味身勝手な罪悪感から来る、妖怪への歪んだ復讐心に囚われた男。
自分のしたことを正直に全て明かし、土下座までして見知らぬ妖怪の許しを請うたライゼス。
どちらに分があるかは、幻月からすれば明らかである。一つ息をついて、とりあえず自分の役割が片付いたと。

……悪魔でありながらして――、否、あるいは悪魔なればこそ、幻月はまだ気づけない。そもそも、根本的な人妖の間に横たわる溝の深さを。

「――いや……、うん、なぁ」
「聞きゃぁ、慧音先生も外的な要因があった、つってたし……なぁ」

あちこちで、ボソボソと囁き交わす声が聞こえ始める。
一度加熱したところに、二度に渡って冷水を浴びせかけられたこともあってか、比較的冷静だった里人から、徐々にシラケるような空気が伝播していき、少なくともあとは慧音に任せても大丈夫だろう、と思える状態にまで落ち着きつつあるのが感じ取れる。
幻月もとりあえず安心して肩の力を抜きかけた、まさにその瞬間。

「いやでも。……外的要因があるってことで。その要因は、そっちの嬢ちゃんなんだろ?」
「触れなきゃ起きないっつったって、いつまた――、そのガキだけじゃねぇ、例えば慧音先生までこんな風になったらどうなるってんだ?」
「――そっちの嬢ちゃんは、外来人っつっても人間なんだろ? ……なら――」

――背筋を冷たいものが走るのを感じる。
ライゼスが土下座してまで謝罪しても。男が自身の歪んだ復讐心を満足させるために周囲を煽動したということを暴き立てても。

……周りの人間は、「どこまでも人間のことしか考えていない」。
「人間であるライゼス」は里に身をおくべきで、そのライゼスが引き起こしかねない問題を対処するそのために、人里を徹底した妖怪禁制の場にすることすら考えているのだと。

無論、それが困難であること、一時の極論であることが読み取れないほど幻月も耄碌はしていない。
だが、それでもそんなことを思いついてしまえること、そしてそれがごく当たり前のことのように口に出してしまえることに。

……総身が震えるような恐怖を、人間に感じざるを得なかった。

『――人間なんて興味ない。どいつもこいつも、自分のことしか考えない。だから、わたしは人間の命なんてなんとも想わない。……姉さんがいればそれでいい』

――いつか自身の双子の妹が語った言葉が鮮明に頭のなかに蘇る。
その時は、そんなことはないと、人間だって話せばわかる者も居ると、笑って窘めた。
――今一度、同じ言葉を投げかけられたとき、自分はそれに同じ対応を即座に返せるだろうかと――。そんな自問に回答できない自分にもまた、冷たい恐怖心を感じて。

幻月は、その場に立ち尽くすことしか出来ずに居た。

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38 :幻月(東方旧作)
2016/11/06(日) 19:47

「――――まぁ、善因には善果あるべし。悪因には悪果あるべし。どれほど怒鳴って取り繕ったところで。……もう、本音は透けて見えてるんじゃない?」

地に伏し、手をついて頭を下げて。見ず知らずの、どころかそれまで自身を打ち据えて傷付けた妖怪の許しを請うライゼスに、しんと静まり返る中。その静寂を破るような、第三者の声が上がる。
慧音の、男の、アイリスの視線が集まるその出処は、一先ず寺子屋の近くに横たえられていた一人の悪魔のもと。
……そう、悪魔。どれほどその性質がそう思えなかろうと。どれほどその姿形が真逆にかけ離れたものであろうと。どれほどその立ち居振る舞いを見た者が彼女を悪魔と想わなかろうと……。

彼女は、悪魔。人の心情に斟酌することもなく、己の思うところを成す、悪魔そのものである。

「幻月……、お前も体は――」
「ライゼスで確認できたでしょ、わたしもどってことないから。流石に、痛みのショックはあって気絶はしてたけどそれだけ、大したことないよ」

――ゆえに。今自分が動いて、こう告げることで後から周りにどう思わせるか――などということに、斟酌はしない。自分が動かなければ、妖狐は、ライゼスは、アイリスは――そして、場の騒動に巻き込まれただけの慧音まで、どうなるか知れない。
ゆるりと身体を起こして。どういうわけか、真っ青になっている男へと向き直り、一歩踏み出す。
別に、どうということもしていない。怒りの表情を浮かべているわけでもなければ、怒号をあげたわけでもない。幻月はただ、一歩近づいたそれだけである。
にも関わらず、男は腰を抜かさんばかりの有様を晒して、幻月の一歩に対し、数歩後ずさる。何かを口にしようとしているのだろうが、その口からは意味のない声が漏れるばかり。

――愉悦。
あまり自分でも好ましいことではないが、やはりこのときばかりは愉悦を感じる心を自分の中に見つけてしまう。
悪魔ゆえに――。「幻」を操る悪魔ゆえに。

「――どうかした? そんな、幽霊を見るような顔をして……?」
「ひっ――ひいぃっ!!」

幻月が言葉を発すれば、大の男がまるで泣きそうに顔を歪め、腰を抜かし、ズルズルと這いずって逃れようとする。
呆気に取られるばかりの周りは、気付くよしもなかっただろうが――あるいは、アイリスの抱きかかえる妖狐だけは、その本質を掴んでいたかもしれない。
――幻月は、既に幻術を発動している。それも、自身のそれは及びもつかぬ精密な何かを。

……果たしてその想定は正解、幻月は男にとって最も恐るべき相手へと、既にその姿を変えている。
――男がコレほどに、過剰なまでに妖怪を排斥しよとするその理由。

……若かりし日の男が、尽きぬ友情を誓った親友。
幾年月か前、里の外へと出掛けた折、自身が助かるために見捨てて逃げ出したその姿。
……罪悪感から必要以上に妖怪を排斥しようとするその心を、徹底して追い詰める所業を、顔色一つも変えずに行っている。

「ま、ままままってくれ! 俺は、アレは、アレは――!!」
「そんなに誰かににてるのかな、わたしは? ――ねぇ、どうしてそんなに恐れてるの?」

変わらぬ笑顔で一歩踏み出す。変わらぬ声音で無邪気に問いかける。
だが、その所作の全ては、男からすれば恐怖と罪悪以外の何物にもならない。

男の目に写るのは、無残に食い散らかされた親友の成れの果てが、一歩一歩と自分に近づいてくる悪夢の如き光景。
男の耳に響くのは、その親友が「どうしてだ」と。「どうして自分を見捨てたのだ」と発する恨み言。

その悪夢が、目の前に迫る様に。とうとう、男は悲鳴とともに本音を吐き出した。

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37 :ライゼス(創作♀)
2016/11/06(日) 18:26

「そ、そうかも知れないが、それで終わりにしていい話じゃないだろうよ!
 いくら全てが幻術だったんだろうとも、あの得体の知れない怪物に変化した姿は見ただろう!
 あんなの、痛みが幻だろうとじゃれついて来るだけでタダじゃ済まねぇよ!
 その点に比べたらなぁ、妖狐の動機が知れたところで、同情を引けるようなもんじゃねぇ…そんな事は、………いや」

「そんな事は…どうでもいいと?」

「……そうは言ってねぇ! 言い掛かりなら良してくれ!」

やはり、この男、強かだ。なかなか感情論を破綻させるようなボロを出さない。
何故なら、周囲の味方の賛同を得られない事には、その場の勢いで妖狐を処分する流れまで持っていけないからだ。
ライゼスが弁護をして、妖狐に酌量の余地があり、場の空気が妖狐への同情へと傾いた為、ここで周囲を引かせてしまうような冷酷なイメージのある事は言えないのだろう。
さっきは許されても、今は絶対にダメなのだ。しかし、それがこの男の本音だ。ライゼスはそう感じた。

「確かにこの子の本質は、人間を食らう妖怪かも知れません。けど、今ここでこの子が反省を示している事が、
 決してこの子の処遇と関係の無い事では無い……皆さんがこの子の事を、『私達にとってはどうでもいい事』とは思わないのでしたら、どうぞ聞いて下さい!
 元々、暴走の原因を引き起こしたのも、私が後ろから右手で触れたからで…私が原因なんです!」

こんな軽はずみな事で、周囲を味方に付けられるはずがない…とライゼスは心の中で自嘲した。
それでも、ライゼス自身もまた反省を感じて、決して道を間違えていないと自分で言える行動を取りたいと思い、
そして、妖狐に代わって自分自身が罰を受ける事、それを本心から望んだために、
俯き加減に両手をギュッと固く握って力を籠め、恐怖を押し殺すようにして大声で自白をした。

「私の右手が一体どうして暴走を引き起こしたのかは、正直、分かりません!
 しかし、私に原因があります。きっと私が触れなければ、この子がみだりに妖力を暴走させてしまうような事はきっと起こらない。
 私が触れさえしなけかったなら…こんな事、起こらなかったはずで…! ごめんなさい!」

そのまま最後まで言い切ると、ライゼスはその場に屈んで、地面が砂利であっても構わずに膝を付いて、
両手を前に三角に付いて、そのまま勢いを付けて観衆へと頭を向ける。
……完全なる平伏を示す、土下座だった。
こういう行動に順じたいと素直に思う気持ちはあっても、結局はこういう事を計算の上でしている、
ライゼス自身は自分のそんなところにますます強い嫌悪を感じて、そして滑稽だと思った。
誠実さとは全くもってかけ離れた心情であっても、せめて、せめて今の言葉だけは、この場の皆に伝える事は出来るだろうか。

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