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┗東方逃現郷(27-36/45)
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36 :
ライゼス(創作♀)
2016/11/06(日) 18:25
「待って下さい! 私が…私が証言します! 証拠も挙げます!
それの他に、この子…妖狐は少なくとも隠れて暮らしているうちはもう暴走したりする事は考えにくい、
妖狐にあれだけの事をする危険性はもう無い、という事も証明出来ます!」
ライゼスが合流し、アイリスの前で両手を広げ、仁王立ちになって身を盾にした。
「なっ…! じょ、嬢ちゃん!? お前さんよ…さっき、あれだけ…。嬢ちゃんまで何を言い出すんだ?」
男が一番分かりやすく狼狽えるものの、その後ろの観衆も、衝撃を与えられて騒然としている。
ライゼスの隣で、慧音も最後の一節を口にしてしまうのは止めて、そのままあんぐりと口を塞げずにいる。
アイリスは、その声に顔を上げ、疲れたような表情に笑みを浮かばせた。彼女だけは、まだライゼスに希望を持っていてくれたようだ。
「ラ、ライゼス…無茶をするなと言ったろう、いいからお前は休んでいなさい、今口を挟まれると…」
「いいえ。私自身が証拠だと言った通りよ」
「えっ…?」
心配そうに肩に触れられた慧音の手に自身の手を添えて、振り返りつつライゼスが言った。
その目は、今まで状況が飲み込めず、右も左も分からずにまごついていた時の表情ではない。
何かあるはずの根拠を、慧音もまた気付き、認めるに至った。
「お前…。あれだけやられたのに、傷は無いのか?」
「えぇ、そうです。あれは幻術でした、妖狐の化けた怪物の姿も、触手による攻撃も、その全て。
妖力を伴っていたから、慧音先生も得体の知れない怪物へ妖狐が化けていた事も分かってたのでしょうけれど…
幻術でも痛いものは痛かったけれど、あんな暴走状態になってまで、妖狐は人間に危害を与えないように気を付けていたし…
この子にとってはそれが精一杯で、直接的に人間を殺してしまうだけの力は無いのよ!」
「そ、そうか…! なぁ、妖狐よ、お前もそうなんだな…!? お前の口から教えてくれ…」
「……っ、だ、だって、ぼく…にんげんのめいわくになったら、いっぱいおしおきされちゃうから…。
なかよくしたいけど、それがダメなら、せめてめいわくに…ならないように、いつも…グスッ…」
慧音に話を振られ、喉奥から振り絞るようにして捻り出した声で、妖狐が口を開いた。
その偽りの無い言葉を聞いて、慧音はその境遇を憐れむように悲しそうに眉を寄せて見詰めながらも、
また人間と妖怪の共存を信じたこの子の気持ちを嬉しく思うように、その表情に笑顔を浮かべた。
野次馬の中にも、ライゼスが直訴した通りに五体満足で無事な様子を見て、
そして妖狐の言葉によって事態の真相を知り、動揺が広がっているようだった。
それは、妖狐の味方として慧音達に賛成を向けるような流れであり。
男は当初はライゼスに対して、率直に言って困惑しているような眼差しを向けていたものの、
急な空気の変化に置いて行かれたようにして、不愉快そうに歯軋りをする。
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35 :
ライゼス(創作♀)
2016/11/06(日) 18:25
「ま、待ってくれ、そこまでにしておいてくれないか…!
今までの騒ぎは、何かの予期しない要因があって無意識なままに暴れてしまっただけであって、
きっとこの子の意思があった訳じゃない! 子供が癇癪を起したのとはまるっきり違うんだ!」
「慧音先生…! そうは言うがね、それなら根拠を示しちゃくれないものですかね!?
例え慧音先生の言う通り、偶発的に起こったものだとしてもだ、
また意図しないままに同じ事が起こればこの妖狐は同じように暴れるって事じゃないか、そっちの可能性の方が明らかだ!
せめて原因が分からない事には対処の仕様が無いですよ。
そんな無駄な議論に時間を掛けるのに比べたら、こんなガキの妖怪一匹だったら手っ取り早く……」
「……!!」
小狐はアイリスの腕の中で顔を青ざめさせて、その言葉に震えた。
親狐や、誰に教わったのでもない。人里に潜み住むという事は、普段から人目を避けて、大事を起こさないように配慮する事を、良く理解していた。
勿論、これまでの生活で常にそのスタンスの通りにいかず、ふとしたミスを見咎められる事もあったが、
その結果としてどんな仕打ちを与えられるかは身を以って思い知っている。そんな経験を何度もしていた。
故に、妖狐はいつも慎ましく、それでいて文句一つ零す事は無かった。
けれど、今の状況はまるで訳が分からず、混乱していた。何も考えられなかった。
今、この身を抱き締めてくれているこの人間の行動には、どんな意図があるのだろう。産まれてから死に別れた、親狐の事を想う気持ちが重なり、涙が止まらない。
「いいや…迷い込んできた子供の妖怪に毎回そういう対処をしていては、いつ人里が報復される目に遭うか分からないだろう…。ここは自警団に任せて欲しい…」
「おいおい、自警団の看板をみだりに出さないで貰いたいね、まず慧音先生よ、アンタはどっちの味方なんだ!? そこのところをハッキリさせてからにしようじゃねぇか!」
なんて高圧的な物言いだろうか。自警団の一員として対処しなければ解決しない事態なのに、
それを理解して慧音の権限を封殺しようとしている。
既に過激派の頭目的な存在として、この男が後ろに賛同を示す待ち人を数人侍らせているため、淡々と無視して鎮圧する事も出来ない。
それよりも、妖怪としてではなく、一人の意思を持つ者として、この発言を見過ごす事は出来そうになかった。
「っ……! く…私は、人間だから、妖怪だからという短絡的な事で自警団に協力している訳では…!」
慧音の本音が漏れると同時に、男は険しく皺を寄せていた表情を緩め、その怒っている様子が演技だと言う事を隠そうともせず、口端を釣り上げてほくそ笑む…。
その時だった。
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34 :
ライゼス(創作♀)
2016/11/04(金) 17:46
これも自分のせいではないだろうか。
戦いの中ではそう思うだけの余裕は無かったが、こうしてひとしきり落ち着くと、そんな強迫観念に襲われる。
いや、客観的に考える事で、ライゼス自身が事の顛末にちゃんと気付く事が出来た…と言えるのかも知れない。
ただ、気付いた時にはいつも手遅れで、おいそれとそんな事を言い出せる状況、言ったところで仕方のない状況となり、
こうして見兼ねた有力者が収拾を付けようとする。
ライゼスに過去の記憶は無かったが、何度も同じような体験をしたような感覚は肌身に染み付いており、
その都度ライゼス自身に無力感と、人との関わりを拒む気持ちを感じさせていた気がする。
……とうとう途方に暮れて、答えを求めるように傍らで横になっている幻月の方へと目を向けた。
「………、えっ?」
最初は、目の錯覚かと思った。
先を尖らせた触手で貫かれたはずの下腹部、そこには確かに衣服に拳大の穴が空いてしまっているが、
その下に少し色白な肌が覗いており、傷が見当たらなかった。
それだけでなく、自身にも滴り落ちるほどにドクドクと流れていたはずの多量の出血も、彼女のワンピースに残っていない。
それに釣られて自身の体を見回すと、ライゼス自身もまた、触手で打たれた背中だけは衣服が破れているが、
残っているのは地面を転がった砂泥の汚れだけで、思いっきり浴びた返り血が跡形も無く消えていた。
少し服を捲ってみると、心配していたミミズ腫れの痕も肌には見当たらない。あれだけ痛かったのに。
「これって、もしかして…」
衣服にダメージが残っている以上、物理的な衝撃ではあったはずだと思うが、
本来の痛みはもっと軽度なものではなかったのだろうか…?
今はまだ状況証拠しかないから完全には分からないが、有り得る可能性としては…
『妖狐は威嚇や自己防衛のつもりで、敵をひるませるだけの幻覚を使っていたのが事実で、本当に妖狐にはそれが精一杯だった』のではないかと。
「………」
間違いなく妖怪の端くれのはずの妖狐に、人間の身の私がそれだけの事をした…?
そこの部分だけは、やっぱり良く分からない。どうして暴走したのだろう…。けど、しかし。
「そっか…幻月、大丈夫なんだ…きっと」
身を呈してライゼスを守ってくれた悪魔の事も、どうして実害の無い攻撃で昏倒するほどのショックを受け、まだこうして目を覚まさないのかは分からない。
けれど、幻月は決して手遅れではない事、それを含めたあらゆる事象をゆっくり理解していく事が、ライゼスに再び立ち上がるだけの活力を与えた。
今一度、振り返って騒乱の場の様子を見てみる。
とうとう慧音が両手を付いて、先頭の一人、一番ヒートアップしている町人の肩を抑えていて、
後に続く人達も慧音を押し倒してしまう事は避けようと、妖狐の元へ殺到するのは思い留まり、ギリギリのところで踏み止まっていた。
アイリスは頑なに妖狐の身を庇い立て、決してその場から離れようとしない。その光景はまさしく、先の幻月の背中と重なる。
きっと、彼らは皆、ライゼスのように考え過ぎたり、思考に囚われていない。その行動に心からの思いが乗っている事こそ、人間であるという証左に感じられた。
だが、そうであれば…妖狐と距離を置いて遠巻きに何も言わず、忌避感を向けている町人…という構図、果たしてどっちが本当の妖怪だと言えるだろうか。
そして、あの輪の先頭にいる男、直情的にがなり立てているように見せかけ、物事の本質とは異なる理論を口にして、大衆の気持ちを扇動している…
さっきまではあの位置に自身が居た、とライゼスは己の立場を重ねた。小賢しい人間にだけ、そういう所業が出来るのだ。
あれを止めなくては。ようやくライゼスは駆け出した。
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33 :
ライゼス(創作♀)
2016/11/02(水) 18:58
「おいっ、何で妖怪を庇うんだ、嬢ちゃん!」
「さっきの化物の姿、あれが妖怪の正体なのよ!」
「こうして子供の姿に化けてるなんて狡猾なものだわ、あんた達が一番分かってるでしょ、そんなにボロボロになってまで!」
騒ぎが収拾したかと思いきや、その束の間、アイリスと少年のお互い衝動的に取った行動によって、周囲の観衆から非難の声が沸き起こる。
「ど…どうして、解決した後になって…。痛っ…うぅ、待って、この子が怯えています…!」
アイリスがしっかりと懐へ妖狐の子を抱え寄せ、弁解の声を上げるが、先に額に受けた痛みに表情は強張り、周囲の怒号に掻き消されてしまう。
「妖怪を生かしておいたら、今度は子供達が食べられるでしょうが! ほら、あんたも今のうちにこっちへ来るんだよ!」
「あ…! あっ…」
アイリス達以上に周囲の状況に困惑し、拳大の石をバツの悪そうに両手で抱えていた少年が、保護者らしいおばさんに手を引かれ、強引に人衆の輪の中へと連れられて行く。
直情に任せて妖狐に石を振り下ろした瞬間とは様子が違い、アイリスに何かを言いたそうに眉を寄せ、悩ましそうな悲しそうな表情で視線をくべていた。
「け…慧音…。これは一体…? なんで、みんなあんな…!」
人里の住民が態度を変貌させている、輪の反対側の様子にようやく気付き、ライゼスは震える声で問い掛けた。
妖怪の暴走は沈静化し、自然に人払いが進むだろうと、一息付いた後でどことなく楽観的に考えていたところだった。
自身の軽はずみな行いが生んだ影響をまざまざと見せ付けられ、表情を青ざめさせている。
「……人里の環境からして、こういう妖怪騒ぎにはとてもデリケートになるものだ。
実情から言って、人里から一歩外に出れば襲われるという認識がある中で、ここは人の安全が唯一保たれている監獄のようなところなんだ。
その中に、私のように出入りが許可されている妖怪や、また人に化けて潜み住む妖怪が居る。
それらは決して人里の中で大事を起こすつもりが無いから、という暗黙の了解によって野放しにされている…して貰っていたが、
あくまでも人間の身には手に負えないからという結論によるものに過ぎない。
少なからず、人間は妖怪に敵対感情を持っているものが殆どだろう…という事だ。その大小の程度はあれどもな。
自分達の安全が保障された後で、ああして声を張り上げる輩が居るのも、また人間の心理という事なんだ。
彼らとて、『いざ身に危険が迫ればこうして一致団結して、妖怪に反旗を翻すぞ』という意思に、大衆を誘導させたいつもりだろうが…。
あぁ、身に抓まされる思いだ…共存するどころか、過激思考に染まっては弱い人間たちの方がかえって自ら命を落とす事になる。間違いなく…」
人里の住人がああした行動に出たのは、気が大きくなったかのような集団心理でもあり、また妖怪に生活を脅かされたという被害意識もあるだろう。
しかし、自分達が訪れるまではまだ平和であった人里に、こうして諍いが起きてしまったのは、何かしら…因果関係を上手く説明できない、そんな罪悪感を感じずにはいられなかった。
「そ、そんな…。これじゃまるで、強者と弱者の立場が逆転しただけ…。あの子には、本当にもう…」
「分かっている。幻月が上手くやってくれたのだろう、妖力が暴走していたのを正常に戻してくれたようだな。
元々、お供え物をくすねて腹を満たしていただけの子狐だ。……ここだけの話、私は以前からあの子の事を認知していた。生徒に化けて、私の寺子屋に勉学の教えを受けに来ていたんだ。
お前の思う通り、あの子には本来あのように大っぴらに幻術を扱うほどの妖力など備わっていない…」
「じゃ、じゃあどうすれば…!」
「私が行ってくる。お前は幻月の様子を診ていなさい。
身を投じてお前の身を守ったんだろう? 悪魔らしからぬ事だとは本当に思うが…
ここまでお人良しなのは彼女なりの矜持を貫いたとしか、言い表せないな。
……ライゼス、お前も責任の取り方を考えておく事だ。過ちは物事を知らなかったといううちの一度きりしか許されないものだよ」
未だ意識を取り戻さない少女へと注意を向けさせる、その言葉によって場にライゼスの足を縫い止めるようにして、それから慧音は踵を返した。
顔を背ける瞬間まで横目に向けられるその眼差しは、どこか落胆したような、失望したような…そんな冷ややかな印象をライゼスに感じさせた。
「………」
責任…。一体、自身にこれ以上何が出来るだろうか。
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32 :
アイリス(創作)
2016/10/27(木) 22:33
「っ!……止まった?」
今にも我が身を貫かんと迫ってきていた触手が不意に停止し、そのまま空気に溶けるように雲散霧消していく光景にアイリスはぽかんと首を傾げながら身を起こした。
目の前に広がる光景は、自分と同じように唖然とした顔をしている野次馬と、体を包んでいた妖気が消え、へたり込む子狐妖怪。そして…
「「幻月!?」」
アイリスとライゼスの悲鳴じみた声が響く中、糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちる幻月の姿だった。
「幻月っ、どうしたの!? しっかりして!」
「落ち着け。下手に動かすな! 誰か、手を貸してくれ。寺子屋まで運ぼう。あくまで慎重にな」
取り乱すライゼスと、駆け寄ってくるアイリスを宥めるように慧音が言い聞かせ、周囲に集まった人々に指示を出していく。
確かに彼女が倒れた原因がわからない以上、下手に動かしてはかえって状態を悪化させ、取り返しのつかない事態に陥る可能性もある。
慧音の落ち着いた対応にアイリスとライゼスの二人も冷静になり、自分たちも幻月の元に歩み寄って――アイリスの視界の隅にそれが映ったのと、声変わり前の少し高い少年の張り詰めたような声が上がったのはほぼ同時だった。
「このバケモノめっ!」
「っ! ダメ!」
へたり込む子狐妖怪と、その子に向けてまさに振り下ろさんとする掌大の石を頭上に掲げた少年。
アイリスの体は考えるより先に動いていた。
妖狐は先の暴走の影響が残っているのか、はたまた恐怖に身が竦んでいるのか逃げる素振りは見せない。
掲げた腕を振り下ろす少年はキッと殺意すら感じるほどの鋭い目つきの割りにどこか今にも泣き出してしまいそうな印象を受ける。
どうしてそんな顔をするんだろう。この子はこの妖怪の子にどんな思いを抱いていたんだろうか。
刹那の思考を挟んで動かない妖狐を抱き締める。
離れた場所から自分を呼ぶライゼスの声が耳に届いた直後――
ガツンッ!
側頭部を襲った衝撃に思わず仰け反る。焼鏝を押し付けられているような痛みと、頬を伝う生ぬるい感触。腕の中の子狐妖怪はぎゅっと目を瞑って震えていた。
「……怪我はない?」
「!?」
驚いたように顔を上げる子狐。
その目が微笑むアイリスを、そしてこめかみから今尚滴る液体を捉えてまたアイリスの顔に戻り……。
「ぅ……ひくっ……うぅ、うあぁああん!」
込み上げてきた感情が爆発するようにアイリスの胸で泣き出したのだった。
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30 :
幻月(東方旧作)
2016/10/24(月) 20:52
一歩、また一歩と歩みを進めながら――。恐らく、幻月を知る誰もが……。
幻月の何一つ知らないことなどない半身たる妹と、「そうなった」幻月を見たことのある二人の人間を除けば、耳を疑うような声が、発される。
・・
「ライゼスが……、わたしが、守るって誓った子が、「また」、泣いている……」
それは、地を這うような声。抑えきれぬ憤怒に満ちた怒りの声。
――その声を聞いた誰もが、びくりと幻月を振り返り……。だが、その誰もが幻月の言葉の意味を理解することはできなかっただろう。
何が「また」なのか。
そも、ライゼスは涙など流していない。まるで祈るかのように鋤を握った両手を合わせているだけで、そのどこにも涙は見られない。
「ま、待て幻月、今の状態では――!」
いち早く我に返り、ほとんど意識が朦朧としているのだろうと判じた慧音が、慌てて幻月に制止の声を投げかける――が。
逆にその言葉が引き金であったかのように、幻月の身体が、それこそ幻のように掻き消える――、少なくとも誰の眼にもそう見えただろう。
その実、幻月はその一瞬の間に、自身が果たすべき目的を達成するだけの距離を削り取っている。
どんな理屈か能力か、ただの農具を持って襲い来る触手を切断たらしめただけでなく、そのまま雲散霧消までさせたライゼスと、妖怪の間に身を滑り込ませている。
「――幻月……?」
――恐らく、覚悟していた「その瞬間」がいつまでも訪れないことを怪訝に思ったのか、怖々と目を開いたライゼスの目に、それまで倒れていた背中がある事はどのように見えたのだろう。
そして、それまで丸腰だった幻月の手の中に握られた、「魔力だけで構成された」その槍は。
ライゼスがどんな結論に至ったのか。それを言葉として発するよりも早く、怒れる虎の咆哮にも似た……つまり、それを発した幻月にはあまりに不似合いな怒声が、場を揺るがす。
「……誰だ――、ライゼスを泣かせたのは……!!」
「い…いけない! お前なら気付いているだろう、その子は…その子は!」
ライゼスの事を指しているのではない、慧音の庇護する者の身を案じる絶叫が響く。
――直後、渾身の力を持って繰り出されたその槍の一刺は、さながら先ごろとは真逆の結果をもたらすことになる。
先程は為す術無く貫かれるだけだった幻月が、今度は真逆に実体のない妖怪の身体を一息に貫いている。
挙がるのは、声なき絶叫。幻月のように精密に構成されたわけではないその仮初の身体は、巧みに、緻密に編み上げられた幻の槍の一撃を持って、今度こそ完全にかき消される。
……あとに残るのは、まるで怯えるように身を竦める小さな狐の妖怪が一匹。あれ程の大身槍に貫かれたにも関わらず、その身体にはかすり傷一つついていない。
幻月の槍がもたらしたのは、実体なき身体を掻き消したことのみで、力なき妖怪に深手を負わせることではなかったのだと察し、慧音が安堵したように大きく息をつく。
――それを持って、自分の役目を完遂したと判断したのか……はたまた、身体が限界を迎えたのか。
手にしていた槍が構成を失って音もなく崩れ去るのと同時に、幻月の身体はまたも、糸の切れた人形のように地面へと崩れ落ちた。
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29 :
幻月(東方旧作)
2016/10/24(月) 20:51
アイリスが、ライゼスが。拙いなりに、それでも懸命に抵抗するなか。
……二人の保護者を自認し、請け負う幻月は深い昏倒に身を沈めていた。
――幻月とても、如何に弱体化著しいとは言え、本来ならばこの程度の一撃で昏倒するほど打たれ弱いわけではない。
今はその力を九分九厘失っていようとも、幻想郷においても上から位置付けたほうが早い――、最強の一角には数えられる大悪魔と、人里に忍び込んで地蔵のお供え物を失敬するのがせいぜいの小妖とではそもそも格が違いすぎる。
……その幻月がなぜ一撃で此処までの重傷を負ってしまったのかと言えば、それはもう相性が悪い――という他になく。
幻月は名の通り、その実体は夢幻で構成されている、と言っていい。
かと言って実体がないわけではなく、言うなれば本来の身体は何らの影響もなく、彼女たちの住処である夢幻界の館において静かに眠りについている。
――今、幻想郷に滞在する幻月の身体は、自身が紡ぎあげた……実体と何ら変わらないほどの精度を持った幻であり、そちらに魂を移すことで幻想郷で動いている――という状態にある。
それは妹の夢月にしても同様である。
――であるがゆえに。精度の高い幻はそれだからこそ、自分以外の幻からの干渉によって簡単にその精度を乱されてしまう、という弱点を抱えることになる。
無論、本来であるならば自身に触れた幻をこそ乱すほどに強固な構成をしているのだが……。妹と離れ離れになり、その力の片鱗すら発揮できない今となっては、分が悪すぎる。
乱された構成を懸命に編み直す。
それに腐心する形になればこそ、まるで気絶するかのように昏倒したまま、ピクリとも動かなくなっている――、という。
そのはず、だった。
否――そうでなければ、ならなかった。
構成を乱されたままではどんな動き――例えば指一本動かすだけ、言葉ひとつ発するだけ。
たったそれだけの動きでなお、魂を剥き出しにするような、危険極まる状態を晒すことになる。
動くことも、話すことも出来ない、してはいけない。――にも、関わらず……。
「あ、い、りす……。らい、ぜす――」
微かな声がこぼれ落ちる。それは、周囲の雑踏に紛れて誰の耳にも入らない言葉。本来あっては成らない言葉。
言葉だけではない。動けばそれだけで、より深刻なダメージに繋がるような状態で、それでもそれまで地に伏すだけだった小柄な身体が、よろめきながら起き上がる。
「お、おい……」
そうすれば、最前までは幻月とライゼスを、ライゼスが妖怪に立ち向かってからは昏倒したままだった幻月の体を守っていた中年男性が声を掛ける。
気遣わしげなその声に、軽く首を振って心配は無用と訴える。
ただそれだけの動作で身体に響くような激痛をそれでも、堪えて。構成が乱れ、歯抜けのように崩れかけた翼を大きく広げて。
・・・ ・・・・・・・・・・・・・
その右手に、幻術を持って槍を構成する。――それは、「まるで、お手本でも見せるかのように」――。
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28 :
ライゼス(創作♀)
2016/10/24(月) 19:45
「おじさん! 貸りるわっ!」
「お、おい!? 嬢ちゃん!?」
慧音が辿り付くまでに二人を保護していた、野次馬の中の一人のおじさんが持つ、三叉のクワへとライゼスは手を伸ばし、強引に奪い取った。
そのままアイリスの元へ、他の何にも目をくれずに走る。
「ライゼス!? 無茶だ、何をする気だ!?」
「アイリスを、離しなさい!」
慧音の金切り声を背中に受けながら、幻月に守られていた無力な少女の姿が嘘のように、上から重心を掛けてクワを振り落とす動作。
非力で、それでいて少女特有のぎこちなさがあるのをカバーする、まさに人として敵意を持って放たれる一撃が、アイリスに群がる触手の束、その根元を捉えた。
……しかし、外れた訳でもない、触手はそのままにクワだけが透過したようにして、地面に突き刺さった。
予想だにしない結果の煽りを受け、ライゼスの全力が自身の手首に帰ってくる。
「痛っ…ぐぅ!?」
そして、その瞬間を触手に横薙ぎに打ち払われた。
脇腹に掛かる痛みは鈍く、吐きそうな気持ち悪さを感じつつ、それでも妖怪への敵意は失わず、ライゼスはよろめきながら起き上がる。
まだ反動で痺れている、右手首が…右手が、熱い。腸の奥底にも同じような熱が伝播してくる。
(なによこれ、体の調子が、変…。収まりなさい…今はそんな事、自分の事なんて気にしていられる余裕なんて…!)
まだ態勢を整え切らない間に、触手は極めて無機質、そして冷淡に、細く捻じるようにして再び螺旋の槍へと姿を変えた。
アイリスより強烈な敵意を持つライゼスに対して、確実にトドメを加えようというのだ。
「い、いかんっ…やめるんだ!」
慧音も輪の内周へと飛び込み、両者に対して制止を掛けるが、間に合わない。
自身の武器は役に立たず、逆に4本ほどもある決定的な凶器を目の前に突き付けられ、ライゼスは改めて、己の命運を悟った。
もう何の言葉も、感想も浮かばなかった。状況を打開するだけの力を抱えたまま、こうして無力な人間のまま、
人間では受け止めきれない圧倒的な力に覆い込まれて、身の丈に合わないような事で命を散らすのだ。
幻月と、アイリスを巻き込んだ。その事実の償いを果たせずして。
走馬燈なんかを脳裏に浮かべて、逃避するのは嫌だった。だから、ライゼスは自業自得なるままに己の業を抱え込むようにして、クワを握る両手を合わせ、祈った。
最後まで、不条理に抗い続けられますように、と。
後はもう無意識だった。相打ち狙いさえも無駄かも知れない、それでも、目を閉じたままでクワを振るった。
「………!」
触手にクワの刃が突き刺さり、そのまま力を掛けるほどもなく中折れして、切断した触手を雲散霧消のように搔き消した。
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27 :
ライゼス(創作♀)
2016/10/24(月) 19:44
「わわっ…!」
巨大な掌が迫ってくるかのように5方に伸びた触手が、アイリスの逃げ場を封じるように左右からそれぞれ挟み撃ちを掛ける。
アイリスは純粋に落ち着いて『じっくり視た』結果、後ろにステップを踏んで幻惑される事なく触手を躱した。
ほんの一瞬の差で、アイリスがさっきまで居た場所の足元に、怒涛の殴打が打ち付けられる。
「な、何か変…! 攻撃動作に、風を感じない…?」
まだ幻想郷に生息する妖怪の事について何も知らなくとも、アイリスだけが感じられる『風詠み』によって、何らかの違和感に直感で気付いた。
人間や妖怪の括りに留まらず、質量があるなら動作を起こす時に少なからず生じるもの……「空気抵抗」と「風圧」である。
アイリスは、直接目で見るのでは回避の遅れる攻撃に対して、風を敏感に感じ取る事で対応するだけでなく、あるはずのものが無いというヒントをも得ていた。
「う、うぅっ…!」
不定形の妖怪の意識がアイリスの方に向いた為、貝のように二人折り重なって身を固めていたライゼスは、その隙に幻月を抱えながら横へと転がって脱出する事が出来た。
(私とこの弓なら、無理する事なくこの妖怪を牽制できる…!)
妖怪との間合いを測り、それから懸念材料だったライゼス達への援護には成功した。次に、アイリスが弓を射るにあたり、どこを狙うか…。
汚泥の塊のような本体の元に、触手が引き戻される。何か反応を与えれば向こうも仕掛けてくるに違いない、その様子にアイリスは再び目を凝らした。
触手がそうであった以上、あの妖怪を纏うように漂うオーラにも、「質量と言える存在感」が無いはずだった。
球体のように本体を覆う形をしていながら、時折気泡のような、目のようなものが表面にポコッと浮かんではまた黒い闇の中に沈んでいく。
「あれを、狙ってみる?………くっ!」
すぐに矢尻を弦に掛けた弓を引き絞り、次に『目』が浮かんでくる位置を見計らい、弓矢を射った。
パシュ、ゥ…という短い射出音と高く間延びする風切り音だけを残し、矢は妖怪の本体へと飲み込まれた。
まるで効いたような手応えが無かった…。妖怪の方は弓矢にすぐに反応し、アイリスが居るだろう方向を定め、打楽器を乱れ打ちにするかのように振り上げた何本もの触手で虱潰しに地面を打ち付ける。
「きゃあっ!」
アイリスが慌てて身を翻すその位置に、まさに隙間なく埋め尽くすような絨毯爆撃の波が押し寄せ、そのうちの一本に強く腰を打たれた。
堪らずにその場に倒れ込んだアイリスへと触手が殺到し、ライゼスや幻月と同じように、身動きが取れなくなる。
「うっ、こ、これは…!? あの子がこんなに妖力を剥き出しに発するとは…」
寺子屋の子供達の避難を済ませ、慧音が駆けつけてきた頃には、妖怪を囲うような人だかりの手前の方に、
背中に痛々しい腫れ痕を残して倒れ込んだ幻月とライゼス、そしてこれから同じ目に遭うだろう、アイリスが触手に襲われている時だった。
「アイ、リス…。幻月…っ、うぅう…」
「お、おい、無理はするんじゃない…私が妖怪を抑えるから安静にしているんだ…」
まだ意識のあるライゼスの元へ、慧音が駆け寄って制止するように両肩に手を掛けるが、その手を払うように立ち上がる。
慧音の事も、声も、聞こえていないようだ。その目は、アイリスに向けられていた。
(弓…あれで、私達を助けてくれた。同じように、武器が…武器があれば、アイリスの事も助けられるのに)
何が起こったかはライゼス自身にも分からないものの、後悔や無力感や恐怖、そういった己を抑制するものが頭の中で渦巻く。
そして、「何とかしなきゃ」という行動…火種をくべた瞬間、それらは一気に膨張し、ライゼスの体の奥底に爆発を引き起こした。
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