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26 :アイリス(創作♀)
2016/10/18(火) 01:06

「やっぱり市場はこっちの世界も現世と変わらないのね。みんな楽しそう」

寺子屋から程近い市場。そこに備えられたベンチの上にアイリスは座って通りを眺めていた。
単純に行く当てもなく、とりあえず賑わっている方へと歩いてきた結果だが、ベンチに腰掛けたその手には蒲焼のようなものが握られ、
頭にはよくわからない妖怪っぽいお面が付いている。すでに異世界ライフを満喫しているアイリスだった。

「八つ目うなぎって、ものすごく美味しいけど……やっぱり生きてるときはグロテスクなのかしら?」

既に調理された蒲焼を見つめながら勝手に想像を膨らませ、それでも知らぬが仏とばかりに率先して調べようとはせずに
幸せそうにうなぎを口の中でもきゅもきゅする。二人と合流してからお昼を取ることになるだろうことが彼女の頭の中にちゃんと残っているのかは定かではない。

「あむ……んっ……はぁ、美味しかった。さて、次は――」

「キャーッ! 妖怪が人を襲ってるわっ!」

「ひぃっ! お助けぇ!」

アイリスが立ち上がった直後。自分がやってきた方向からたくさんの人が慌てふためいて走ってきていた。
その様相は文字通り脱兎のごとく必死で、中には転んだ人の上を構わず踏みつけていくような有様。どう見ても尋常ではない。

「大丈夫ですか!? 怪我は……いったい何があったんです?」

人波が去ってから倒れた男性の方へ駆け寄り助け起こす。20代後半から30前半くらいだろうか。見た限り転んだり踏まれたりで汚れてはいるが、かすり傷以上の怪我は見当たらない。

「うっ……すまない。大丈夫だ。そんなことより君も速く逃げた方が良い。
 寺子屋の近くで見た事も無い異形の妖怪が暴れだしたんだ! ここも危ないぞ!」

「寺子屋で!?」

アイリスの脳裏をライゼスと幻月の、そして慧音と無邪気に笑う子供たちの顔が駆け巡る。あの優しい人たちが危険に晒されている?

「わかった。じゃあおじさんは速く逃げて!」

「おじ……いや、待て! どこへ行くんだ。行っても君のような女の子にできることなんて何もないだろう。邪魔になるだけだ! こういうのはプロに任せて――」

「……そうやって逃げ出して、もし大事な誰かが傷ついたとき、そのプロって人に全部の責任を負わせて、
 自分は何もしていないくせに他人に糾弾ばっかりするような人、私、大嫌いなんだ。文句をつけていいのは自分ならできるって人だけだよ」

「なっ!?」

立ち止まって振り返った彼女は、先程までの正義感溢れる活発な少女などではなく瞳の奥に仄暗い闇を湛えた別のナニカだった。
顔からは表情が消え、全身から黒いオーラのようなものを湧き上がらせている。
実際は寺子屋で暴れる妖怪の禍々しい妖気を背景に立っているだけなのだが、この時の青年には彼女自身が妖気を発しているように見えた。

「わ、分かった。そこまで言うなら止めはしない。だが丸腰で行くなんて無謀はしないでくれ。
 そこに僕の店がある。何もないよりはマシ程度でも武器になるものもあるはずだ。好きに使ってくれ」

「ありがとう。じゃあ速く逃げてね!」

走り去って行く彼女の背中を、青年は見えなくなるまでずっと見つめていた。

―――

「……軽いな。矢の数も心許ないし、本当にないよりマシレベルね」

青年の店から拝借してきた弓は初心者用の物で、弦をほとんど力なく引ける代わりに、相応に射程も威力も無きに等しいような弱いものだった。
初めて弓に触る人ならこれでも力を込めないと引けなかったりもするが、弓道段位を取得しているアイリスからすると文字通りおもちゃのような弓である。

「あれね。近くで見ると思ったより大きいな。この弓じゃかなり近づかないと有効打には……ライゼス!幻月!?」

「アイリス……幻月が……幻月がぁ……」

駆けつけた妖怪のすぐ傍に見知った人影を発見し、駆け寄ったアイリスの目に飛び込んできたのは、既に意識もないだろうに、それでもライゼスを守るように抱きしめたまま――
身体中の至る所から血を流す幻月と、その血に塗れるライゼスの姿だった。

――それでも妖怪の攻撃は、当然ながら容赦はなく、新たに舞い込んだ獲物に向けて驟雨の様な攻撃が降り注いだ。

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25 :幻月(東方旧作)
2016/10/16(日) 17:05

「さて、と――。それじゃあわたしも、ちょっと里の中の見学でもさせてもらおうかな。昔とはだいぶ、様相も変わったみたいだし」

「そういえばわたしの事を知っていたりと、幻想郷がはじめて――というわけではなさそうだったな?」

特にアテがあるでもなさそうだったが、ぶらりと何処かへ歩き出すライゼス。
何やらショックを隠さぬままに、やはり里の中へと向かうアイリス。
そんな両者の背を見送った後、幻月もゆるりと立ち上がる。来訪者が全員立てば、その場にいる意味ももはやないだろう。
慧音もそれに倣って立ち上がり、軽く自分の知る時代のことを話しながら、寺子屋の玄関へと歩みを進める。
そうして一歩、寺子屋を出たその途端、である。

「けーねせんせぇ、お話し終わった?」

「あ、てんしさま」

「てんしさまだぁ」

「てんしさまー、てんしさまー」

「いや、ちょ、わたしは天使じゃなくて悪魔で――って痛い痛い、掴まないで引っ張らないで!?」

大好きな先生と――。里の中では珍しい、白い翼に興味を持ってやまなかったのだろう、子供たちに一斉に取り囲まれる。
子供は嫌いではないし、相手をすることに別に否はないのだがかなり精密に神経の通った翼を掴まれては堪らない。
だが、それ以上に天使扱いもなおさら堪ったものではない。とにかく誤解だけでも解こうと尽力するが、大はしゃぎの子供ほど話を聞かないものもない。

――やがて、理解してほしくてもされないので、そのうち幻月は誤解を解くのをやめた。

◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇

「そ~れ、いくよ~!」

「わーい!」「きゃーきゃー!」

――五分後。
持ち前の、自称からかけ離れた穏やかな雰囲気と容姿もあってのことだろう。
すっかり子供たちに懐かれてしまった幻月は、結局自由時間を子どもたちとの遊びに当てる羽目になっていた。
希望されるのは軽い遊覧飛行。
力が弱っていようと、其処は伊達にあくまではなく、両腕に一人ずつ抱えて、ゆっくりと飛んで見せる程度の事は然程の苦もないことで。
下に慧音が控えていることもあり、幻月ものんびりとした時間を満喫していた、のだが。


ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!

「な、何だ!? 寺子屋のすぐ傍じゃないか…!」

「うわぁ、妖怪だ! 妖怪が出たぞー!」

何組目かの子供たちを地上まで送り届け、さて、次を――と腕を広げようとしたところで、響く地響きと悲鳴、怒号。
妖怪、という言葉に身を固くする子どもたちを見やってから、慧音に視線を向ける。

「幻月、すまないが――」

「ん。流石に放置もできないしね。大丈夫、任せといて」

慧音の言わんとする事をすぐに悟り、幻月も軽く頷いて答える。
ひとまず、子供たちを寺子屋の中へと避難させる慧音に先んじて、自分は素早く騒ぎの起きた方へと足を運び――。
目の前に広がる光景に、思わず歯噛みする。

小一時間前にも見たような光景――、不定形の何かに襲われるライゼス。
……一体何が起きたのか、それはわからない。人里であんな妖怪が暴れるなどという話も聞いたことはない。
入り込むのはせいぜい、お供え物を狙った小妖で、腕に覚えがなければ見て見ぬふりでやり過ごす程度、と聞いていたのだが……。

「――ライゼス!」

今は考える時間も惜しい。転んだところを妖気の触手で滅多打ちにされるライゼスと、妖怪の間に素早く身を滑り込ませる。
触手が数度身体を打ち付けてくるが、伊達に悪魔ではない。痛痒い程度のそれを黙殺し、ライゼスを抱えあげようと――。


ずぶっ……。

「――――。……やば――。この程度も、防げなくなって、たの……」

触手で埒が明かないと踏んだのか。うち一本を鋭利に尖らせ、まるで槍の如き形状を整えた触手が、脇腹を貫いているのが見える。
急所ではないし、急所だったにしても簡単に死ぬほどヤワではない、が。ライゼスを抱えて避難するのは困難。
となれば――。今は自分が盾となり、慧音が駆けつけてくるまでなんとか時間を稼ぐしかない。
そう判断すれば、ライゼスを守るようにその身体をしっかりと抱きかかえる。数分、それだけ持てば良い、と。

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24 :ライゼス(創作♀)
2016/10/16(日) 16:02

「お昼まで、人里の中で自由行動ね…。と言っても、あまり遠くにも、人里の中心部にも行きたい気分じゃないのよね…」

二人と別れ、グループという単位から解き放たれた実感を感じつつ、ライゼスは一杯に背筋を伸ばした。
あの場の流れのまま、それぞれ別の方向へと解散したが、やはり放浪者の身分では行く当ても無く。有り体に言って、途方に暮れていた。
これなら幻月かアイリスか、どちらかを誘って行けば良かったかと思いつつ、結局は意欲が湧かないまま、
小岩を並べて置いたような歩道を仕切る縁石に深く腰を下ろした。

「………」

粗雑に並べて置かれた程度の縁石で歩道を隔て、本道もまだ完全に整備されていないような砂利道である。
ライゼス自身が元の世界の過去で、何をしていたかという記憶はまだ一切戻らないものの、
この幻想郷という場所の文明は、どこか懐かしさを匂わせる趣深さがあり、それでいて美しさが際立つ飾られた部分以外は素朴なものであり…
しかし、現代人の身ではなんとなく退屈を感じてしまうような街並みでもあり。その感性から来る寂しさを感じていた。

「こういう田舎の子供達って、一体何して遊んでるのかしら…」

ここはまだ寺小屋から離れていない、塀で囲まれた敷地の裏側。裏庭の方を覗くと、子供達がボール遊びに夢中になっていた。
あの手のゴム製品がどこから流れてきたものかは定かでないものの、少なからず幻想郷の中でも流通しているようだった。
つまり、このような辺鄙なところにも、製造技術を持っている業者の何者かが居るらしい。そう思うと人里の外の世界に多少は興味が湧いた。

「……ん?」

ふと横を見ると、遠くの角でうずくまっていた何かが、人目を気にするようにして寺子屋の塀に空いた穴へ体を潜り込ませていた。
ついさっき、その謎の影が居た場所には、小さな地蔵様が雨風避けの囲いの中に祀られていた。
近寄って見てみると、地蔵様の正面に置かれた小皿に、食べかすのような粉だけが残っている。何かお供え物があったらしいが、それが消失している理由はすぐに思い付く。

ライゼスも後を追うようにして穴へと潜り込むと、寺子屋と倉庫の間の狭い隙間に出た。
陰に隠れて見えないが、先程の影の正体が向こうの粗大ゴミの後ろに隠れて、こちらに背を向けて屈んでいた。
寺子屋の子供達と同じくらいの小柄な背丈で、同じような生徒かと思いきや…人の身には持ち得ないはずの、ふわりとした何かの器官が小さな影の背中で揺れる。
そして、ライゼスはその存在の漂わす雰囲気に、妖力を感じ取ったのだった。

「あれって…」

つい数刻前、ライゼス達に襲い掛かったのと同じ、妖怪だ。それは間違いない。
しかし、さっきの鎌鼬とは明確に違うものを感じ取れる。あの存在には、危害を加える力が無い。

「あれなら、穏便に対処出来る…?」

あの時の鎌鼬のように、まるでハチを相手取って石を投げたのとは違う…鎌鼬と比べるならあれは昆虫のような、もっと人にとって親しめる存在のはず。
それでいて、自身の目の前でお供え物をくすねたという事実を、なんとなく看過出来なかった。ライゼス自身には、それが行動の理由のように感じた。
そして…何気なく気配を殺しつつ、ただ何をするでなく、そっと背後から近寄り、「右手で触れた」。



ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!

「な、何だ!? 寺子屋のすぐ傍じゃないか…!」

「うわぁ、妖怪だ! 妖怪が出たぞー!」

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23 :アイリス(創作♀)
2016/10/16(日) 15:13

「ふむ。君の妹か。……仏だろうと天使だろうとまずは実際に会ってみない事にはなんとも言えんが、
 元よりこちらから喧嘩を売るつもりもない。一応気には留めておこう」

「幻月の妹かぁ。改めて考えるとどんな子なんだろうね? まさに女神って感じかな?」

「いや、逆に幻月の分の悪魔要素も取り込んでサタンばりの悪魔なのかも。なんか物騒なこと言ってたし」

「あなた達ねぇ……」

こちらが黙っているのをいいことに言いたい放題だ。あの子は本当に今の状態だとどうなるかわからないというのに危機感が一切足りていない。ここは一度ガツンと言ってやるべきか。

「本当に笑い事じゃないんだってば! あの子は本当に私みたいなほんの一部の気を許した人を除いて全部どうでも良いって思ってる節があるし、
 こんな人里なんてちょっと夢月の機嫌を損ねたら消し飛びかねないんだよ?」

「そこまでなのか? 幻月を見ていると正直想像つかないが……」

「本当にそうなの! とにかく、絶対にあの子を怒らせちゃだめだからね!」

十全に納得させられたような手応えではないが、それでも多少の危機感は伝わったようだ。
まだまだ言い足りないところではあるけれどひとまずはこの辺にしておこう。

「まぁ君の妹は実際に現れたときに対処すれば良いだろう。まずは妖怪の山へ向かうにしても何かと準備も要るはずだ。
 ここなら現状、妖怪に襲われることはないし、まずはゆっくり準備を整えていくといい」

「そうね。う~ん……じゃあとりあえず太陽が中天に差し掛かるくらいにここに集合って形にして、まずは里の中を見て回ろうよ。迷子になっても外に出たりしなきゃたぶん大丈夫だろうし」

ちらりと上空を見上げたアイリス。彼女は細かいところまで記憶に刻み込むことができると言う。おそらく彼女なら太陽がどの程度傾いたか完璧に把握できるのだろう。

だが、それを他の面子にも同じように合わせろというのは少々酷だと思う。

「……まぁおなかがすくくらいに戻ってくれば良いかな」

「そうね。じゃあとりあえずお昼時くらいまで自由行動ってことで」

「あ、あれ? 完璧な時間合わせだと思ったのに受け入れられてない!?」

さくさくと歩いていく二人に戸惑うアイリスに、その場に残った慧音だけが生暖かい眼差しを送っていたのだった。

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22 :幻月(東方旧作)
2016/10/13(木) 19:02

「――ついでに少し指摘すると、ライゼス。それを言うならば、時期相応ではなく、時期尚早だな。
 相応では、既に機は熟した、という意味合いになってしまうぞ」

「し、知ってるわよ! 国語の教師なの!?」

「一応、全科目の教師は務めている身だが」

淡々とライゼスの言葉の間違いを指摘する慧音と、真っ赤になって食って掛かるライゼス。
そんなやり取りを眺めながら、なるほど、先生と言うのは伊達でも冗談でもないんだ、と一人納得するアイリス。
状況も忘れて、和やかな時間が流れるのも束の間。
何やらずっと考え込んでいた幻月が、おもむろに口を開く。

「……ライゼスは、妖力の感知能力みたいのがあるのは解ってる。
 アイリスは、風を読める能力があったみたい。
 この辺、何かの能力の片鱗というか……、きっかけになったりしないかな」

「感知能力はともかく――、風、か。
 山の神社に行けば何らかのヒントは得られるかもしれないな」

「――どういうこと?」

「いや何、妖怪の山の山頂に守矢神社、という神社があってな。
 其処で祀る神が、風神……ではないようだが、風に纏わる神であるらしいんだ」
 風に纏わる能力のヒントを得るにはうってつけの相手ではあるだろう、とな」

慧音の説明に、幻月も納得の顔で頷く。
風を操る――といえば天狗であり、過去に天狗に剣術を学んだ武士が居る、という言い伝えもあるくらいで。
天狗が人間に何かを教える、というのも珍しくはない――かも知れないが……。
如何せん、悪魔一人と外来人二人、彼らにとっては「格好の種」になるという自覚はある。
……敵対的な接触にはまずならないだろうが、できるならあまり関わりたくはない。

「神様、かぁ……。判ってたけど、ホントに異世界に来ちゃったんだ、って感じ」

「それに神様なんでしょ? 何だかんだ言っても、ご利益とかありそうだし、一石二鳥じゃない」

悪魔だ妖怪だ、と言ってみてもいまいちピンと来なかった二人からしても、「神」という言葉の存在感は抜群だったようである。
特にライゼスは、一応の安全地帯である人里を一時的にでも離れることになることに気付いてか気付かずか。
嬉々とした様子で、山の神社に向かうことに肯定的な意思が見て取れる。
アイリスにも異存はなさそうだと判断すれば、幻月もまた、次の目的地を改めて定め――。少しだけ表情を改める。

「……それじゃあ、とりあえずはその守矢神社に足運んでみようか。
 結果がどうなるにせよ、一度戻ってくるつもりだけど――ねぇ、慧音」

「ん、どうした、白い悪魔?」

「……わたしが居ない間に、もし『メイド服着たわたし』が現れた場合――絶対に、荒事にならないようにして。
 ……まぁ、過度に非礼な接触されなきゃ、愛想無くても危険もない、とは想うけど。
 今は、その、ちょっと……。いきなりわたしが消えたって認識で居るだろうからね……。
 第三者の仕業を疑って、相当ピリピリしてると想う……。犯人見つけたら、悪・即・斬ってレベルで」

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21 :ライぜス(創作♀)
2016/10/12(水) 16:26

「任せておいてよ、悪魔っていうのは古来から、契約とか交わした運命共同体の相手には
 災いで生命力を消耗したりしないよう、結構甲斐甲斐しく身を守ったり加護を与えるものなんだよ。
 今の私でも人間の『二人』くらい守れるってところを見せてあげるよ、何しろ悪魔だしね」

ここぞとばかりに再アピールを始めて羽も誇示するように広げる幻月。
その自信満々な言い回しの中で、ライゼスは驚愕したように幻月を振り返って表情を覗くも、
しかし萎縮するように肩を竦めて、視線を落とした。

「一緒に行くのはいい、アイリスが帰りたい気持ちは分かる、正直言うと私もそうしたい。
 だけど、実際に私達が付いていったところで、助けたお礼に何が出来るの? 妖怪の対処とかは全部幻月任せ?」

「私はそれでもいいけどさー?」

「いやいや…えっとー…」

無性にやる気を出し始めた幻月の一言は全く先の展開に憂慮も不安も抱いていないような確固としたもので、
暗に悪魔の私が付いているから何があろうと二人も心配はいらない、大船に乗ったつもりで居て…と、
そういうニュアンスを主張するものだった。
言い換えれば虚勢である、だからこそ絶対と言い切れるような根拠はない。そう感じてしまう故に、ライゼスにとっては有らぬ不安を抱いてしまう。

「出来る事ならいくらでもあるでしょう、悪魔だって日常生活はするんだから、私でもそのお手伝いくらいはね」

「……そんなじゃ、ますます幻月に助けられる事ばっかりになりそうよ。
 ただでさえ双子の妹を探さなくちゃいけないのに、いざ妖怪が現れた時に迷惑になるのは…
 なんて言うのか、依存しちゃってるんじゃないかと」

「ライゼス…貴方ね、それで別々な方向に進んで、今後幻月に借りを返せるような機会は一体いつ訪れるっていうの?
 借りを返すって言ってるけどそれは自分の為でもあるのよ、助けられた事をそのままにして、ただ幻月を見送るだけにも出来ないでしょ?
 遠慮とか体面とか考えてたら、きっと永遠にこの人里から出られないままなんだからね!」

「そうじゃないって…、そのー…私達が付いていく上での一番ネックな部分から解決していけば良いって話!
 幻月の代わりに妖怪を追っ払うまでは、一朝一夕じゃ出来ないかも知れないけれど、多少の援護をするだけの力や武器なら見付けられるんじゃないかと…
 そういう意味で、まだ時期相応、って言いたいの!」

「あぁそういう」

「…コホン、そこまでにして貰っていいかな?思いのほか議論が長引きそうな予感がするからな」

大きな咳払いを一つして、三人の注目を集めた後で、慧音が話に割って入った。
人情家で積極的なアイリスと、慎重すぎるほどに先を見据えた理論派なライゼスでは、意見が真っ二つに分かれるのも仕方のない事だろう。

「傍から聞いていた限りでは、両者共に一理ある。この場の論点は、単に両者が何を重視し、何を優先しているかといったものに過ぎないが…
 その答えが、『幻月と行動を共にする上で、最低限の出来うる範囲で非力さを補う』であるのに変わりないのなら、
 きっとお前達は三人、助け合いながら旅を続けていける事だろう。
 しかし、やはり旅をするのに余裕が無いようでは良くないな、今日のところは落ち着いて頭を冷やすといい。
 その間に私が協力者に話を付けてこよう。いつ人里から出るにしろ、例え明日の午後に発つのであろうとも、それまでは待っている事だ」

ライゼスとアイリスは、それぞれが思い思いの複雑そうな表情を浮かべ、その助け舟にあやかる事を渋々承諾した。

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20 :アイリス(創作♀)
2016/10/09(日) 21:20

「……いささか納得しかねるが、それはこの際置いて置こう。話が進まないからな」

「見たまんまなのに何が納得できないのさぁ。まぁいいけど」

自分の常識と、目の前の現実とのギャップに頭痛をこらえるような仕草を見せつつ慧音が仕切りなおすと、
幻月もまた納得は行っていなさそうな様子ながら素直に聞く体制に移る。
今論ずべきところは後ろの二人の処遇であって、自分自身の悪魔であるという証明ではないと幻月もわかっているのだ。
甚だ遺憾ではあるのだけれど。

「アイリスにライゼスだったか。君たちも大変な目に遭ったようだが、ひとまず彼女のような者に出会えたのは運が良かったといえるだろう。
 だが、あくまで彼女が特別であって、普通の悪魔が皆彼女のようなお人好しだとは思わないでくれ」

「……あれ? ひょっとしてディスられてる?」

首を傾げる幻月に応えるものはない。釈然としないものを感じつつも黙っているしかない幻月であった。

「さて、まず初めに言っておくことは私は君たちのこの後の身の振り方についてあれこれというつもりはないということだ。
 ここに残るのも、その自称悪魔についていくのも、あるいは別れて自分たちで旅をするのも全て君たちの好きにするといい。
 まぁ最後のはあまりお勧めはしないし、里に残るというのであれば最低限くらいの便宜は図ってやれるがな」

「はい、さっきから私の扱いがひどくないでしょうか」

「気のせいだ」

しれっと流す慧音。取り合ってもらえなかった悪魔はいじけて頬を膨らませている。悪魔がゲシュタルトブレイクした。

「……どうする? 身の安全を考えればここに残るのが最善よ。
 読み取り辛いけど、彼女からも何か底知れない力みたいなのは感じるし、
 里の人たちの様子を見るに新参者だからって虐げられたりはしないと思う」

ライゼスの言葉に慧音がひっそりと感心したように目を細める。
そんなささやかな変化に気づいた様子なくライゼスとアイリスはしばし沈黙を保ち――

「私は……幻月と一緒に行こうと思う。ここにいればきっと安全だって言うのはわかるけど、私はやっぱりあんなことがあっても私の世界に帰りたいから。
 ……それに、助けてもらったお礼もできてないしね」

どこか照れたように結論を出したのであった。

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19 :幻月(東方旧作)
2016/10/05(水) 00:47

「……ああ、でも怒らせないほうが良い手合ではあるかも?
 聞いた話だけど、体罰の頭突きはかなり強烈だって――」

「――何をしているんだ? わたしに何か用事があったんじゃないのか?」

促されたものの、やはり人里の様子が物珍しいのか、落ち着いたら改めて周囲の視線が気になったのか。
つい、軽い立ち話に興じてしまったため、再び先程の女性――上白沢慧音が怪訝そうな顔を覗かせ、三人は慌てて建物の中へと移動する。

考えてみれば、子供と遊ぶ予定をキャンセルさせているのに自分たちはのんきにお喋り、など怒られても仕方がない。
直前、幻月が言いかけていた言葉も、足を早めるのには十分な効果を発揮し、半ば雪崩込むように寺子屋の中へと場を移す。

応接、というほど立派ではないにせよ、相応に客間の体裁を整えた一室に通され、
とりあえず、と各々の前に湯気を立てる湯呑みが配られる。
自分のそれを一口含んでから――、改めて、僅かに警戒心を滲ませた硬い声音で慧音が口を開く。

「それで、わたしに何の用があって……、と聞くのは野暮かも知れんな。
 そちらはともかく――後の二人は、外来の人間だろう?
 なら、用向きは判らないでもないが――。まず、お前が何者かを聞かせて欲しいな」

「よくご存知――というか、服装見たら一目瞭然だよね。
 で、質問に答える前に一応――、こっちがアイリス、で、こっちはライゼス。見た限り、ふたりとも外来人だと想う。
 で、わたしは幻月。見ての通りの悪魔だよ」

「…そうなのか?」

「そうだってば」

――幻月の名乗りに。最初は頷きながら話を聞いていた慧音の動きが、ギシリと固まり、アイリスとライゼスはこっそりと顔を伏せる。
見ての通りも何も、どう見ても真逆にしか見えないその容姿からして、何を察しろというのかいう沈黙が落ちることしばし。
慧音がノロノロと再度口を開く。……余談だが、その視線からは既に警戒の色はほぼ消えていたようである。

「……で、その悪魔がなぜ外来人を連れてわたしのもとを訪ねてきたのかな?」

「ん、まぁちょっと――来た早々に妖怪とトラブル起こして襲われてるところに出くわしてね。慌てて助けに入ったのが、きっかけ。
 で、あのまま放っといたらふたりとも此処に着く前に死んじゃいそうだから、此処まで連れてきたんだけど……、まぁボディガード?」

「――何らかの対価の要求は?」

「「いやまったく」」

「なん…だと…」

同時に、異口同音に答え、これまた同時に首を横に振る二人を見、続いて改めて幻月を見、沈黙する慧音。
幻月がなにかおかしなことを言っただろうか、と首を傾げたところで、慧音が改めて沈痛に口火を切った。

「……スマンが幻月、わたしは君のような悪魔を知らん――というか、悪魔という種族に全く当てはまらない。
 わたしの知る歴史の限り、そんな悪魔は存在しないんだが――悪魔とはそういうものと思うか?」

「いやそう言われても、これでもれっきとした悪魔だし」

真顔で断じる慧音に、困ったように反論する幻月。――されど、その両隣で軽音に賛同するように頷く二人に、彼女はまだ気付かない。

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18 :ライゼス(創作♀)
2016/10/03(月) 18:11

「人里かぁ…うぅ、私達の格好、こんなに浮くとは思わなかった…。
 こういう現代的な服って、調達する余地が無いわよね? あっちに見える呉服屋の着物っていうのも悪くないけど」

「そうだねぇ、用意するとなると自作とか、オーダーメイドになっちゃうかな。
 まぁ安心してよ、幻想郷の製法だと、布地に強靭な芯みたいなのを埋め込んでね、
 妖怪に襲われたりした時でも簡単には破けないようにしてあるから。それも妖怪の素材なんだけどね」

和服に髪留めやかんざしといった装飾、あるいは幻月のような薄地のワンピース風の服というのがせいぜいといった中で、
洋服というのはどうも、場違いな感じにさせられる。
しかも改めて見てみると、山道を舞台に駆けずり回ったからか、二人の手足や背中には、
木の葉やクモの巣、泥みたいな汚れがあちこちに付いてしまっていた。
その事も含めて、物珍しそうに、それでいて心配そうに人里の行き交う人々から見られていると思うと、二人揃って大きな溜息を付いた。

「少しは落ち着いた? 里の中に入っちゃえば、もう何か襲ってきそうな感じはしないでしょ」

「えぇ…うん。思ったより外の柵や門もしっかりしてたわね、肌のピリピリした感じも取れたわ」

アイリスに袖口を引かれて振り向きつつ、ライゼスもどこかぎこちないながら、ようやく頬を緩めて微笑を浮かべた。
多少、里の人から気を遣われている感じがあるとは言え、やっぱり人の住処、住宅地の中というのは安心する。
大袈裟かも知れないが、傷を負う事を覚悟しながらも無事に人里まで辿り着いた、その生の安堵というものは殊更に大きいと感じた。

「ここに来る途中で大きな川に掛かる橋とかもあったしね」

「人里っていっても、これだけ太い水源を引いて、ちゃんと水路も整備してあるんだもの、
 これなら確かに人が生きられる環境って言えるわね。身の安全だけは保障されてて本当に良かった」

「なんって言うか、せっかく命の危機から逃れて人里に着いたっていうのに、味気ないコメントだなぁ…
 感想がそんなだとパサパサと乾燥してるような心地になるじゃない! …無味感想。なんちゃって」

「あっははは、上手く捻ったね、私も笑いすぎで口の中乾いてきちゃいそうだよ」

「……いやあの、ごめんなさい」

ようやく団欒の空気を作り、3人で顔を合わせて談話を始めてみると、どこか凸凹、かなりバラバラな三者三様ではあったが、
同じ体験をした仲として、近しい距離に互いを認めているのをそれぞれに許容している、そんな雰囲気が感じられた。

「それで、さっきの人、校舎の中に入っていったけど…
 けーね先生って言われてたっけ? えーと…どんな人なの、幻月」

「うん、上白沢 慧音(かみしらさわ・けいね)。幻想郷の歴史を紐解き、過去を鑑みながら、
 残された人間を正しい方向に導く、守護の立役者…ってところかな。
 私が幻想郷に来た当初…当時は幻想郷って名前があったかどうか分からないけどね、その頃から居たよ。
 長いこと、人間を守ってるんだねー…それこそ数十年くらい掛けて。彼女も妖怪なんだ、驚いた?
 でも、ちゃんと共存するスタンスを主張して、人里の皆にそれを認めて貰ってる。
 まぁ、他の妖怪と比べて受け入れられ易かったのは、彼女のちょっとした体質もあるだろうけど…」

「よ、妖怪なの…それでも、さっき子供達と一緒に? 一体どうなのかしら、それって…」

「体質?」

「うん、まぁ。ライゼスは、接してみればすぐ分かるよ、きっと。
 ただ、信頼を得やすい体質だったからとか、人間を守るって主張してるからって訳じゃない、
 決め手はけーね先生の人格が良かったからじゃないかなー。私はそう思うよ」

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17 :アイリス(創作♀)
2016/10/02(日) 21:19

「へぇ。なんか古風な感じ。ん~……道は悪くないみたいだし、このペースで歩けば30分はいらないんじゃないかな」

「あ、そんなものなんだ? もう少しかかるかと思ったけど、じゃあ行こうか」

こうして自分の足で歩いた経験がほとんどないために多めに見積もって1時間くらいは予想していたけれど、思ったより余裕があったようだ。
まだやっと見えてきたくらいで、人里までそれなりの距離があるにもかかわらずあっさり試算を出せるあたり、アイリスの言っていた風詠みの力は本物のようだ。

―――

「ふわぁ、まさに人里って感じね! こんな家、写真でしか見たことないかも。
 江戸とかこんな感じだったのかなぁ」

「……なんだか周りの目が痛いんだけど、どこまで行くの?」

興味津々と言った様子で周囲を見回すアイリスと、落ちつかなげに肩身を狭くするライゼス。
悪魔の自分は言うに及ばず、近代的な衣服に身を包んだ二人もまた、かなり浮いていた。
対照的な二人の姿に思わずクスッと笑みを溢しながらも少し離れた先にある一軒家を指差す。
周りの家よりも一回り大きく、建物の周囲で10歳前後だろうか、幼い子供たちが蹴鞠を追い回して遊んでいる。

「私たちは嫌でも目立っちゃうからね。目的地はあそこだからもう少し我慢――」

「ん? 何だお前たちは。見ない顔だな? ここ、というより私に何か用か?」

幻月に被せるように声をかけてきたのは、ちょうど件の建物から子供たちに引っ張られるようにして出てきた女性だった。
一見して優しそうな人ではあるが、瞳と声音に僅かながら警戒心が見て取れる。
しかし、その警戒心もくいくいと繋いだ手を引かれれば一瞬で霧散していた。

「けーねせんせぇ、どうしたの? いかないの?」

「あぁ、すまないな。私はこの人たちとお話があるんだ。だから他のみんなと一緒に遊んでおいで」

彼女に諭された子供は一瞬きょとんと自分たちを見つめてきたが、すぐに彼女に向き直り「わかったぁ」と無邪気な笑顔を浮かべてかけていく。ほっこりする光景に思わず頬が緩みそうになる。

「さて、ちょうど休み時間だったんだ。私は上白沢慧音。見ての通りここで寺子屋を営んでいる。
 お前たちの用件には察しが付く。立ち話もなんだから上がってくれ」

アイリスとライゼスの二人にちらりと目を向けた彼女、上白沢慧音はやや面倒そうに吐息を漏らしつつも、拒むことなく三人を迎え入れたのだった。

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